公私ともに順調な年商9億円・イケイケ企業の社長
都心の高層ビルにオフィスを構える高橋社長(仮名/38歳)は、成功の真っ只中にいました。ガラス張りのエントランスから見下ろす景色は、彼にとっての努力の証。「数字は嘘をつかない」という信念のもと、売上グラフは綺麗な右肩上がりを描き、Slackには受注の通知が鳴り止みません。新規受注、大型案件獲得、採用内定承諾……。誰かが「すごいですね」と書き込むと、スタンプが一斉に流れました。
「人が足りないな、採用を強化しよう」当時の彼にとって、拡大こそが正義であり、存在証明でもありました。
家庭もまた、順調そのもの。数年前、湾岸エリアにそびえ立つタワーマンションを購入し、家族3人で暮らしています。週末に家族を連れていった少し高級なレストランで、幼い息子は妻に聞きました。
「パパのお仕事って、すごいんでしょ?」「そうだよ。みんなの社長さんなんだから」
「ぼくも、しゃちょうさんになる!」誇らしげに胸を張る息子の姿に胸が熱くなりました。守るべきものがあり、成功を手にしている実感が彼を満たしていたのです。
しかし、勢いがあるときほど、人は「組織の構造」を設計しようとはしません。勢いによって、あらゆる欠陥を覆い隠してしまうからです。
「最近の社員は根性がない」という便利な答え
最初の退職者が出たとき、「まぁ、合わなかったんだろ」と彼は気にしませんでした。
一人目、二人目と社員が去るなか、高橋社長は「最近の若手は根性がない」という言葉で片付けてしまいました。本当は、退職面談で理由を深掘りすれば、組織構造の欠陥がみえることはわかっていたはずです。しかし、「いまは拡大フェーズだから立ち止まる暇はない」と自分を正当化し続けました。
Slackでは冗談が流れます。
スタンプが並び、笑いで終わりました。そのころにはすでに、組織では静かな選別が始まっていたようです。違和感を覚え、改善を提言できる優秀な人間からいなくなり、残ったのは空気を読んで、いわれたとおりに動く人間だけでした。社長はそれを「統制」と呼びましたが、実態は組織としての改善能力を失った姿にほかなりません。
