親族の集まりで突きつけられた、実権なき後継社長の現実
「大きい判断は、俺に回せよ。お前はなにか決められる器じゃないんだから」
ゴールデンウィークの夜。地方都市を見下ろす義実家の豪邸で、大河内会長(仮名/72歳)は箸を伸ばしながら告げました。
「あの提携の件、俺が止めておいたから」
丹野社長(仮名/45歳)は、一瞬その言葉の意味がわかりませんでした。白紙に戻されたのは、丹野社長が数ヵ月かけて現場と調整を重ね、ようやく形になりはじめていた、旧態依然とした建設会社のデジタル化提携案件だったのです。
しかし、一代で年商30億企業を築いた創業者である大河内会長は、鼻で笑うだけでした。
「条件が甘いんだよ。先方の社長にも直接電話して断った。お前は経営をわかっていない」
会長にとっては、トップが「怒鳴って押し切る」ことこそが経営の本質でした。
「どうして相談してくれなかったんですか」丹野社長が絞り出すようにいうと、大河内会長は酒を飲みながら吐き捨てました。
「お前は結局、“雇われ社長”みたいなものだろ。身のほどをわきまえろ」
その場にいた親族も、そして丹野社長の妻さえも、誰も会長の言葉を否定しません。しかし、本当は丹野社長自身も気づいていたのです。役員たちは自分ではなく会長の顔色をみており、会議で決まったことも最後は会長の一声で覆る。「代表取締役社長」という肩書きはあっても、自分にはなんの決定権もないという現実に。
妻が初めて父ではなく、夫を選んだ夜
帰りの車内は、重苦しい沈黙に包まれていました。丹野社長の手は、悔しさと情けなさからわずかに震えていました。
(そのとおりだよ。俺はただの飾りだ)
自嘲気味に笑いだした夫に対し、妻が口を開きました。
「……今日の話、どう思った? 私は、もう疲れた」
妻は、地方では有名なカリスマ創業者である父のもと、誰も逆らえない家庭で育ちました。父を怒らせず、夫をなだめ、波風を立てないように生きてきた妻でしたが、その夜だけは違いました。
「あなたが何ヵ月も準備した仕事を、お父さんは一瞬で壊した。あれはおかしいと思う。あなたが社長なら、ちゃんとあなたが決めて」
その声に責める響きはなく、むしろずっといえなかった本音をようやく絞り出したようなトーンでした。
「もう、お父さんに怯えているあなたをみるのは辛い」
その言葉で、丹野社長は初めて腹を決めました。単なる話し合いでは事態は変わらない、会社を動かす「構造」そのものを変えるしかないのだと。

