「お兄ちゃんはすごいわね」…諦めを覚えた次男の幼少期
「健一は将来、この会社の社長になるんだもんね」
これは健二さん(仮名)が幼いときから聞かされてきた、母の口癖です。地方で売上12億円の建設会社を経営する父・隆一さん(仮名)。その長男として生まれたのが兄の健一さん(仮名)で、3歳違いの次男として生まれたのが健二さんです。
健二さんが物心つくころには、すでに兄の未来は「後継者」として決められていました。家庭内での評価の基準も、常に兄を中心に回っていたといいます。健一さんがテストで70点を取れば、母親は嬉しそうに「すごいわねえ、頑張ったじゃない」と褒めちぎる一方、健二さんが100点を取っても「あら、よかったわね」の一言で片付けられました。運動会でも同様で、健一さんが3位であれば大盛り上がりし、健二さんが1位になっても「お疲れさま」と声をかけられるだけでした。
幼少期の健二さんは、その格差に悔しさを滲ませていましたが、子どもながらに環境へ順応していきました。「長男だから」という理由がすべてに優先する家庭において、自分は期待されていないという現実を受け入れるほうが、ずっと楽だったからです。
学生時代の夕食時にも、このような会話が交わされていました。
「健一も、そろそろ経営の勉強を始めたほうがいいかしら」「まだそんなの早いよ」「なにいってるの。未来の社長さんなんだから」
健二さんは黙って箸を動かすしかありませんでした。会社を継ぎたいわけではないものの、自分には最初から挑戦する権利すら与えられていない事実に、割り切れない思いを抱えていたのです。
父が密かに見せてくれた「会社のリアル」
しかし、そんな家庭環境のなかで、健二さんには一つだけ不思議に思っていることがありました。母親が外出している休日に限り、父親の隆一さんは健二さんをよく会社や現場へ連れ出したのです。
現場を歩きながら、父親は職人一人ひとりの名前を呼び、健二さんに語りかけました。
「この人には創業したころ、本当に助けられた」「この取引先とは、お前が生まれる前からの付き合いなんだ」
当時はただの会社の自慢話だと思いながら、健二さんは耳を傾けていました。ある日、事務所へ戻ると、父親は机の引き出しから決算書を取り出し、「ちょっと見てみるか」と健二さんに差し出しました。
まだ細かい数字の意味などわからない年齢でしたが、健二さんはページをめくりながら素直な感想を口にします。
「利益は出ているけれど、お金はあまり増えていないんだね」
その言葉を聞いた父親は少し驚いた表情を見せ、小さく笑いました。
「大事なところに気付くんだな」
父親が具体的な経営術を教えることも、後継者の話をすることもありませんでした。ただ会社を見せるだけの時間だったため、健二さんもそこに特別な意味があるとは考えず、きっと兄にも同じように教えているのだろうと思い込んでいたのです。
やがて大学進学を機に実家を離れた健二さんは、そのまま別の会社へ就職しました。父親の会社へ入る意思はなく、父親からも誘われることはありませんでした。一方で兄の健一さんは大学卒業後に父の会社へ入社し、営業として経験を積んでいきました。周囲も当然のように「次の社長は健一さん」と認めていきます。
その既定路線は、父の突然の死によって現実になります。しかし同時に、誰も気づいていなかった父の“もう一つの備え”が、静かに動きはじめていました。
