「半年だけ住ませて」娘が荷物を抱えてやってきた夜
「今日、そっちに泊まってもいい?」
長女の真理さん(仮名・39歳)から突然電話があったのは、夜8時を過ぎたころでした。
父の正雄さん(仮名・68歳)と母の和美さん(仮名・66歳)は、市営団地の2DKで二人暮らし。年金は合わせて月約20万円です。正雄さんの退職後、収入が大きく減ったことから、それまで暮らしていた民間賃貸を離れ、市営住宅へ移りました。
電話から1時間ほどして、真理さんは小学4年生の息子と、大きなキャリーバッグを抱えてやってきました。夫との離婚を決め、家を出てきたといいます。
「もう向こうには戻らない。新しい家が決まるまで、半年くらいここに住ませてほしい」
夫婦は顔を見合わせました。
娘が困っているなら助けたい。しかし、2DKの団地には余っている部屋がありません。孫と娘が暮らせば、夫婦は一部屋を使うことになります。
さらに気になったのが、市営住宅の規則でした。
「ここは勝手に人を住まわせられないんだよ」
正雄さんがそう説明すると、真理さんの表情が変わりました。
公営住宅では、入居時からの同居親族以外の人を新たに同居させる場合、原則として事業主体の承認が必要です。国土交通省が示す公営住宅の条例例でも、公営住宅法に基づき、同居には知事や市長など事業主体の承認を得ることが定められています。収入基準などによって承認されない場合もあります。
もちろん、一晩泊まることまで拒んだわけではありません。その夜は孫と真理さんを泊め、翌朝から今後について考えることにしました。
しかし、話し合いはうまくいきませんでした。真理さんは正社員として働いていましたが、離婚後に一人で家賃を払いながら子どもを育てることに不安を感じていました。
「半年ここにいれば、100万円くらい貯められる。そのあと出ていくから」
和美さんが、「半年って簡単に言うけど、私たちもこの広さで暮らしているのよ」と答えると、真理さんは声を荒らげました。
「困ってる娘に、部屋が狭いって言うの?」
夫婦にとっても、簡単に答えを出せる話ではありませんでした。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上の人の住居形態は「持家(一戸建て)」が79.8%、「持家(分譲マンション等の集合住宅)」が3.2%となっています。一方、公営住宅では、高齢者世帯への供給や入居時の配慮も行われています。正雄さん夫婦にとって現在の市営住宅は、年金生活を支える大切な住まいでもありました。
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