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妻が記したカレンダーのメモ
「老後資金は十分ある」夫の言葉を聞くたびに、和子さんは胸の奥で違和感を覚えていました。あるかどうかではなく、どれくらいのペースで減っているのか。それをみているのは、自分だけではないか。
和子さんは1月に入ってから、いつも以上に細かく支出を記録するようになります。日付の横に金額を書き込み、レシートを見返し、誰のための支出だったのかを思い出しながら整理していきました。
正男さんが異変に気づいたのは、月の半ばを過ぎたころでした。何気なくリビングのカレンダーをみたとき、数字の並びに目が留まったのです。
1月5日 3,482円
1月8日 6,910円
1月12日 12,300円
1月15日 4,760円
すべて1円単位。しかも、妙に似たタイミングで数字が集中しています。不思議に思ってみていると、和子さんが静かにいいました。
「それ、恵にかかってるお金」その瞬間、正男さんは初めて事態を理解しました。漠然と「大丈夫」だと思っていた出費が、誰に起因して、どれほどの頻度で発生しているのか。和子さんはすでに、それをみえる形にしていたのです。
和子さんは続けました。
「私はまだ、働いてたころの感覚なの。増える出費をみるたびに、頭が休まらない。でもあなたは、恵と楽しそうに出かけて、プレゼントして……それをみるのが、正直つらい」
責める口調ではありませんでした。しかし、疲れ切った声でした。娘への苛立ちだけではありません。その娘と無邪気に過ごす夫への嫌悪感。自分だけが現実をみているような孤独感。それらが積み重なり、和子さんの心は限界に近づいていました。
「あなたのことが嫌いになりそう……ごめんね」
ほどなくして、和子さんは生活の距離を取りはじめます。寝室をわけ、食事の時間をずらし、最低限の会話しかしない。家庭内別居と呼ぶほかない状態でした。
和子さんは、熟年離婚という言葉も頭をよぎるようになったといいます。お金の問題ではありません。むしろ、お金があるからこそ、このまま我慢し続ける必要はないと感じてしまったのです。
老後資金が潤沢であることは、安心材料であると同時に、関係を断ち切る選択肢を現実のものにします。そして、その引き金は、大きな事件ではなく、1円単位で積み重なった日常の支出でした。
1月のカレンダーに並んだ数字は、家計簿以上に雄弁でした。みていなかったのは、夫だけだったのです。
