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単身赴任でみえなくなった、妻の責任と孤独
夫の健太さん(仮名/45歳)は、年収650万円。東北地方の工場に単身赴任して2年が経ちます。妻の由美さん(仮名/42歳)は首都圏で2人の子どもを育てる専業主婦です。健太さんは毎月給料が入ると、自分の生活費を除いた25万円を妻の口座に振り込み、家計管理はすべて由美さんに任せていました。
「お金のことは任せてるから、無理しなくていいよ」
赴任前、健太さんはそういっていました。その言葉を、由美さんは重く受け止めていたのです。
3ヵ月ぶりの帰省
いつもは月に1回、家族の待つ家に帰れる健太さん。しかし、繁忙期でタイミングが合わず、その日は3ヵ月ぶりの帰省になってしまいました。
由美さんが駅まで車で迎えに来てくれました。その姿をみた瞬間、健太さんは違和感を覚えます。
(なんだか、老けた……?)
以前より頬がこけ、化粧っ気もなく、髪もゴムで無造作に束ねただけ。着ている服も、ヨレた部屋着でした。「子育てが大変なんだろう」「俺も向こうで苦労してるし、お互いさまだ」健太さんはそう心の中で理由をつけ、みてみぬふりをしました。楽しい時間のはずの帰省で、妻の疲れた姿を直視するのが怖かったのです。
その夜、子どもたちが寝静まったリビングで、健太さんはあえて明るく振る舞いながら、家計簿をチェックします。そこには、食費や日用品の細かな数字がびっしりと書き込まれ、貯金額は毎月確実に増えていました。
「すごいな、ちゃんと貯金も増えてる。……やっぱり由美に任せてよかったよ」
自分たちの生活は順調だ、と安心しました。しかし、由美さんの反応は鈍いものでした。「うん……なんとかね」と力なく笑い、視線を逸らしたのです。
そのとき、由美さんの手元にあるスマートフォンが短く振動しました。こんな夜更けに誰だろう。 違和感を覚えた健太さんが「なにかあった? さっきから通知、多いけど」と聞くと、由美さんの表情が強張りました。
「……怒らないで聞いてくれる?」
由美さんが恐る恐るみせてきた画面には、「主婦でもできる資産運用」「元本保証」といった怪しげな文言が並ぶチャットグループが表示されていました。 あと一歩で、高額な情報商材を買わされるところだったといいます。堅実で慎重な性格の妻が、なぜこんなものに……。
由美さんは震える声で吐露しました。
「寂しくて、つい……誰かとつながりたかったの」
家賃、教育費、食費、保険料。支払いのたびに頭をよぎるのは、「これは必要な支出だろうか」という自問でした。健太さんが同居していたころは、「これ、買ってもいい?」と聞けば、「いいんじゃない?」と即答が返ってきました。趣味の小物や、友人とのランチもその延長線上にありました。
ところが単身赴任が始まると、その確認ができません。電話でお金の話をするのも気が引けました。「仕事で疲れているのに、細かい話をするのは申し訳ない」そう思うほど、由美さんは自分を縛っていきました。
気づけば、新しい服も買わず、美容院も後回し。「私が我慢すればいい」と言い聞かせる日々が続きます。そんなある夜、子どもが寝静まったあと、由美さんはスマートフォンを握りしめ、匿名のSNSに思いを書き込みました。
SNS上には、同じような境遇の人がいました。「わかる」「うちも同じ」共感の言葉に、由美さんは救われた気がしました。しかし、無料で開かれた場所には、善意だけでなく別の顔も潜んでいます。
ある日、「主婦でもできる資産運用」というメッセージが届きました。「元本保証」「少額から」家計を預かる責任感が強い由美さんに、その言葉は魅力的に映ります。結果的に大きな被害は免れましたが、参加したオンラインコミュニティでは、個人的な連絡が増え、断っても断っても誘いが続きました。
「お金の話も、心の話も、全部一人で抱えてたんだと思う」
由美さんはそう打ち明けました。
健太さんはハッとしました。自分が送っていた25万円。妻はそのなかから「貯金」を捻出するために、自分の服も買わず、美容院も我慢し、友人とのランチすら断っていたのです。家計簿に並んでいた「節約の成果」は、妻が自分自身を削り取った結果だったのです。
「……ごめん。気づかなくて、ごめん」
こみ上げてきたのは、強烈な後悔と自己嫌悪でした。もし、本当に詐欺に遭っていたら……。大切な家族を追い詰めながら、向き合おうとしなかった自分の不甲斐なさを痛感した健太さんは、泣き崩れずにはいられませんでした。

