母の年金に支えられていた日常と、曖昧になっていった「境界」
地方都市で母と二人暮らしをしていた修一さん(仮名・56歳)。
母・和子さん(仮名・82歳)は、夫に先立たれた後、一人で暮らしていました。年金収入は月21万円。持ち家に住んでおり、一定の預貯金もありました。
修一さんは40代半ばで会社を退職。その後は非正規の仕事を転々とし、やがて定職に就かない期間が長くなっていきました。
「最初は、少し休むつもりだったんです」
そのまま時間が過ぎ、気づけば母の家で同居するようになり、生活費の多くを母の年金でまかなうようになっていました。
「母も『一緒に住んでくれて安心』と言ってくれていたので、どこかで甘えていたと思います」
生活費の管理は、いつの間にか修一さんが担うようになっていました。
母の通帳とキャッシュカードを預かり、年金が振り込まれると、そこから食費や光熱費、日用品費を支払う生活。最初は必要最低限の支出だったものが、徐々に境界が曖昧になっていったといいます。
「自分の分も、そこから出していました」
外食や趣味に使う金額も、少しずつ増えていきました。一方で、母は年齢とともに物忘れが増え、細かい家計の状況を把握することは難しくなっていきました。
転機となったのは、ある日の銀行での出来事でした。
修一さんは、これまで通り母名義の口座から現金を引き出そうと窓口を訪れました。しかし、対応した行員からこう告げられたといいます。
「申し訳ありませんが、ご本人様の意思確認ができない状況での多額の出金はお受けできません」
さらに、こう続けられました。
「これ以上のご対応はいたしかねます」
突然の対応に、修一さんは戸惑いました。
「今まで問題なくできていたのに、なぜ急に……という気持ちでした」
近年、金融機関では高齢者の資産保護の観点から、本人確認や取引内容の確認が厳格化されています。特に、高齢者本人以外が出金を行う場合、不正利用やトラブル防止のため、取引が制限されるケースもあります。
