家計の現実
その後、佐藤さん夫妻は、筆者の事務所を訪れました。相談のきっかけは、家庭内別居が始まってからも状況が改善せず、正男さんが「このままでは本当に終わってしまう」と危機感を覚えたことだったといいます。
最初にお聞きしたのは、年金額、退職金、金融資産の内訳、毎月の支出。数字を並べてみると、事実は明確でした。
この夫婦の老後資金は、平均的な世帯と比べても十分に余裕があります。仮に和子さんが90歳まで生きたとしても、標準的な生活水準であれば資金が尽きる可能性は低い――。正男さんの「お金は大丈夫」という認識自体は、間違っていませんでした。
しかし同時に、もう1つの事実も浮かび上がります。出戻りとなった次女にかかる支出は、金額の大小ではなく、ペースと不透明さが問題だったという点です。
月に数万円。それ自体は老後資金全体からみれば微々たるものです。ですが、いつまで続くのかわからない。誰がどこまで負担するのか決まっていない。この不確実性こそが、和子さんの心をすり減らしていました。
和子さんは、お金が減ることを恐れていたのではありません。自分だけが現役時代の感覚で家計を背負い続け、夫と娘がその重さを共有していないことに、耐えられなくなっていたのです。
そこで提案したのは、節約でも、我慢でもありません。役割と責任を数字でわけること。
まず、次女の生活費について、月額の上限を明確に設定しました。食費、光熱費、通信費を含め、親が負担する金額はここまで。それ以上は、恵さん自身が働いて賄う。期限も区切りました。就労までの猶予は半年。それ以降は支援内容を見直す。
次に、老後資金を夫婦2人のものとして再定義しました。退職金1,800万円は、あくまで夫婦の生活を守るための資金であり、子の生活費を恒常的に含めない。その前提を、恵さん本人にもきちんと説明しました。
そして最後に、正男さんにお願いしたのは、行動を変えることでした。善意であっても、娘との外出やプレゼントが、妻の心労を増やしていた事実を直視すること。応援するなら、感情ではなく、仕組みで支えること。
和子さんは、相談の終盤でこう話していました。
「お金が不安だったんじゃない。1人で背負ってる気がして、限界だった」
数字を整理し、ルールを言葉にし、全員で共有する。それだけで、和子さんの表情は少し和らぎました。老後資金が潤沢な家庭ほど、問題はみえにくくなります。
足りないわけではないからこそ、違和感が後回しにされる。しかし、1円単位で記録された1月のカレンダーが示していたのは、家計の危機ではなく、関係の歪みでした。老後を壊すのは、大きな借金でも、年金不足でもありません。小さなズレを、話し合わずに放置することです。そしてそのズレは、数字に置き換えたとき、初めて言葉になります。感情ではなく、数字で。それが、老後と家族を同時に守るための、現実的な解決策なのです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
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