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理想を抱いて飛び込んだ介護の世界
田中恵さん(仮名/28歳)は、有料老人ホームに介護士として就職しました。前職は事務職。将来への不安から、手に職をつけようと一念発起し、介護職員初任者研修を修了しました。
「大変だとは聞いていました。でも、人の役に立てる仕事なら続けられると思ったんです。……でも、心が押し潰されました」
雇用条件は、夜勤込みで月収約23万円。手取りは20万円前後でした。決して高給ではありませんが、資格職としては現実的な水準だと感じていたといいます。
違和感を覚えたのは、入社して1週間ほど経った夜勤でのこと。休憩室で、先輩職員が業務記録をみながら口にします。
「さっき〇号室の〇〇さん、またトイレ間に合わなかったらしいよ」
「夜勤2人で30人みてるんだから、全部は無理でしょ」
直後にナースコールが鳴りました。表示板には、いま話題に出ていた〇〇さんの部屋番号。
「すみません……」スピーカー越しに、か細く震える声が響きます。
先輩は小さくため息をついて立ち上がりました。
「ほら、来たよ。田中さんも、そのうち慣れるから」
その瞬間、恵さんは言葉を失いました。これは虐待なのか。それとも、仕方のない現実なのか。判断がつかなかったのです。
介護現場の冷たさは「性格」ではなく「収支」で決まる
ファイナンシャルプランナーの立場からみると、恵さんが目撃した光景は、個人の倫理観の問題ではありません。お金の構造が生み出した必然です。
介護施設の収入の大半は、公的な介護報酬で決まります。報酬単価は国が定めており、施設側が自由に価格を上げることはできません。一方で支出の中心は人件費です。介護施設では、売上の約60%前後が人件費に充てられるのが一般的です。
この構造では、職員を増やせば赤字になり、給与を上げれば経営が不安定になるというジレンマから逃れられません。結果として、
●夜勤2人で30人をみる
●月収20万円台で身体介助と精神的ケアを担う
という、余裕のない現場が常態化します。つまり、先輩職員の態度は、冷酷さではなく余裕を持てない賃金設計の副産物ともいえます。
そしてもう一つ重要なのが、利用者側の支払い能力です。多くの高齢者は年金収入が中心で、月10万〜15万円台というケースも珍しくありません。この水準では、手厚い人員配置の施設を選ぶことは難しく、結果として低価格帯の施設に利用者が集中します。
職員も、利用者も、どちらも追い込まれている――。これが介護現場の実像です。

