原則、権利が行使できない「自宅への訪問の要求」
Q
この度私の友人が中古マンションを買ってリニューアル工事を行ったことでトラブルになりました。友人はインターネットである業者を見つけ出して電話をして情報を集めようとしたところ、担当者が「ご自宅を訪問してお話したいのですが」と切り出したので、これを了承して自宅で説明を受け契約をしました。しかし、工事内容が明確ではなく、代金との関連も不明確で、なおかつ、他の業者と代金を比較したところ割高であることも分かりました。そこで契約してから3日ほどしか経過していないことからクーリング・オフの権利行使をしようとしたところ、業者から「今回はあなたが望んで自宅を訪問したのでクーリング・オフの権利行使はできない」と言われました。
本当でしょうか。
A
申込者が自宅への訪問を要求したことによって販売業者が自宅を訪問した場合にはクーリング・オフの権利行使ができないとされています(特商26条5項1号)。しかしながら、購入者からの「請求」があった場合の全てについて適用がされない(クーリング・オフの権利行使ができない)わけではありません。特定商取引法の適用除外に該当するかどうかについてきちんと確認する必要があります。
クーリング・オフとは
⑴クーリング・オフの要件
クーリング・オフは訪問販売において購入者又は役務の提供を受ける者が受動的な立場に置かれ、契約締結の意思形成において販売業者又は役務提供事業者の言辞に左右される面が強いため、契約締結の意思が不安定なまま契約の申込みや締結に至り、後日契約の履行や解約をめぐって紛争が生じることが少なくないことに鑑み、このような弊害を除去するため、契約の申込み又は締結後一定期間内に申込者等が無条件に申込みの撤回又は契約の解除を行うことができる制度として設けられたものです(消費者庁取引対策課・経済産業省商務流通保安グループ消費経済企画室編『特定商取引に関する法律の解説(平成24年版)』85頁(商事法務、2014))。
そのため、以下の要件の下でクーリング・オフは認められます。
①訪問販売によること
販売業者又は役務提供事業者が、購入者等に対し、営業所等以外の場所において取引をすることをいいます。
②契約の申込み又は締結をする際に
③法定書面を受領した日から8日以内において
法定書面とは、特定商取引法4及び5条、特定商取引法施行規則3条及び4条記載の事項が書面上に記載されているものをいいます。そして「契約の解除に関する事項」すなわち、「クーリング・オフの要件及び効果」の記載の仕方については赤枠・赤字8ポイント以上の活字で記載しなければならない(特商規5条)と規定されています。
また、平成13年5月31日国土交通省総合政策局長ほか「特定商取引に関する法律等の施行について(通達)」においては,クーリング・オフについては必ず口頭で説明するように都道府県に対して指導するように要請しています。ただし、特定商取引法の平成16年改正により虚偽の説明、威迫があった時は「改めてクーリング・オフができる旨記載した書面を交付した時から8日間」となりました。
④書面による撤回・解除ができる
8日目に発送すればよい(特商9条2項)のであって、8日目までに送達されなければならないのではありません。
いわゆる到達主義の例外です。
従来、クーリング・オフについては指定商品・役務等が定められており、訪問販売における取引においてのクーリング・オフ可能な範囲が限定されていましたが、平成20年改正により指定制度は廃止されました。よって後述する適用除外以外については原則として訪問販売における取引の全商品並びに役務がクーリング・オフの対象となりました。
⑵クーリング・オフの効果
クーリング・オフの権利行使をした場合には以下の効果が発生します。
①契約の効力が消滅する
②損害賠償及び違約金支払義務は発生しない(特商9条3項)
③業者の費用負担による原状回復義務(特商9条4項・7項)
役務提供により申込者等の土地、建物等の現状が変更されたときは、業者に対し無償で原状回復することを請求できます。なお、取付工事により壁に穴をあける、取り外す、地面を掘り直した時は施主が希望すれば施工業者は無償で修復工事をしなければなりません。
④業者は受領した代金の返還義務を負う(原状回復義務の一内容)
⑤商品を利用した利益や提供済みのサービス(取付工事費など)に対する費用の請求はできない(特商9条5項)(平成20年改正による)
申込者等は不当利得として返還義務を負うことはありません。
⑥業者は入会金などを受領している場合も速やかな返還義務を負う(特商9条6項)
上記の内容と比較して申込者等に不利な内容の特約は無効となります(特商9条8項)。
住居での取引を請求していたら…
クーリング・オフの適用が除外されるもの
クーリング・オフの要件を満たしている場合でも、以下に該当する場合にはクーリング・オフを行使することができません。なお、ここでは設問に関連するものに限定して説明します。
⑴契約者が営業のために若しくは営業として締結する取引(特商26条1項1号)
「営業のために若しくは営業として」の解釈で問題となった事案には以下のものがあります。
⒜自宅で理髪店を営む者が訪問販売業者の勧誘により多機能電話機を購入設置した契約につき、業者の指導により契約書面上に理髪店の屋号を記載したとしても、業務用に利用することはほとんどなく自宅用のものであると認められる時は「営業のために」する取引に当たらないとしたもの(☆1)。
⒝自動車の販売・修理の会社に対し訪問販売業者がぎまん的な勧誘方法により事務所に設置する消火器を販売した事案について「自動車の販売・修理を業とする会社にあって、消火器を営業の対象とする会社ではないから、……営業のためもしくは営業として締結したものではない」と判断し、クーリング・オフの適用を認めたもの(☆2)。
⑵住居での取引を請求した者に対する訪問販売(特商26条5項1号)(訪販請求)
⒜住居での取引を請求するものは、訪問販売の方法によって商品などを購入する取引意思があること、またこのような場合には従前からの取引関係があるのが通常であり不意打ちのおそれがないため適用除外とされています。
ただし、前記通達においては「工事の見積をしてほしい」「カタログを持ってきてほしい」「あの商品の説明に来てほしい」など住居において商品を購入する意思が一応あると認められる場合を含むが、消費者の問合せに対して販売業者側で訪問して説明することを積極的に申し出た場合、カタログなどを送付してほしいと消費者が請求したところ販売業者が住居へ持参して説明した場合、事業者が電話などでこれから訪問して説明したいと申し出たことに対して消費者が承諾をして訪問する場合は適用除外とはならないとされています。
これに対して、1回目に訪問販売して勧誘が終了したが、消費者側から別の機会に改めて契約のための来訪を求めた場合は2回目以降は原則として適用除外となるが、訪問勧誘の場で2回目以降の訪問を約束する場合には適用除外にはならないとされています。
適用除外が問題となったケースには以下のものがあります。
⒝チラシや郵便を見て消費者が訪問を請求した場合は、原則として主体的な請求と評価されるが、チラシや郵便の内容が「料理教室を開くため台所をお借りしたい」「高性能掃除機のモニター求めます」等販売目的を隠して訪問を請求させたときは、「消費者の取引意思」があらかじめ存在していたとはいえないから適用除外にはならないとされたもの(齋藤雅弘ほか『特定商取引法ハンドブック〔第5版〕』(日本評論社、2014)(以下「ハンドブック」といいます)103頁)。
⒞消費者が台所の水漏れの修理を要請し、その修理のために販売業者等が来訪した際に、台所のリフォームを勧誘された場合は適用除外に当たらないとされたもの(ハンドブック103頁)。
⒟消費者の知人等が商品の説明等を聞いてみないかなどと持ちかけ、消費者がこれを承諾したのを受けて事業者が来訪した場合も、主体的な請求があったとはいえないとされたもの(ハンドブック105頁参照)。
⒠化粧品の訪問販売を行った者が、「知り合いの着物屋が来ているので一度見てみたら」と誘い、消費者がこれを承諾したので呉服販売業者が訪問した事案において「販売業者と消費者との間に平常から呉服の取引があり、また、消費者は予め訪問販売の方法によって呉服を購入する意思があったとは認められない」として適用除外ではないと判断したもの(☆3)。
⑶得意先訪問
1年以内に1回以上の取引があった顧客に対して住居を訪問して行う取引については適用除外となります(特商26条5項2号、特商令8条2号・3号等)。なお同一業種であれば同一種類の商品でなくてもよいとされています(ハンドブック45頁)。これに対して自動車販売と不動産販売(逐条解説186頁)、宝石と健康布団は同一業種ではないとされています(ハンドブック110頁参照)(☆4)。
⑷その他
壁紙については、消費者がいわゆる消耗品を「使用又は消費」して「価値が著しく減少する」おそれがある商品として特定商取引に関する法律施行令で定めたものとして適用除外となり得ます(特商26条4項1号、特商令別表第3の7)。ただし交付した書面に「クーリング・オフできない」旨の記載がなされていなければならないとされています。
販売業者側から自宅を訪問したい旨の申出があったら?
設問について
設問では、担当者から自宅を訪問したい旨の申出がありました。それを受けて自宅への訪問となったわけですから、ご友人が積極的に自宅(住居)での取引を請求した場合には該当しません。
経済産業省の通達においても「販売業者側で訪問して説明することを積極的に申し出た場合」は適用除外とならないとされていることからも適用除外とはならず、クーリング・オフの要件を満たす限りにおいて正当にクーリング・オフを行使することが可能であると考えます。
なお、設問では「工事内容が漠然としており、代金との関連も不明確」との事情もうかがわれます。この場合には、法定書面(クーリングオフとは⑴③参照)に該当しないと判断される可能性もあります。その場合には「法定書面を受領した日から8日間以内」という場合の期間制限がなくなりますので契約締結後8日経過してもクーリング・オフの行使ができることも想定されます。
【判例】
☆1 越谷簡判平8・1・22消費者法ニュース27号39頁。
☆2 大阪高判平15・7・30消費者法ニュース57号154頁。
☆3 仙台簡判昭59・6・14NBL582号52頁。
☆4 福岡高判平11・4・9公刊物未登載。