(写真はイメージです/PIXTA)

東京23区では、2023年12月以降、大規模オフィスビルの募集賃料が上昇傾向にあるものの、その伸び率は物価上昇や建設工事費の上昇と比較して限定的です。こうしたなか、市場関係者の間では、インフレに対応した賃料設定や契約慣行の見直しが模索され始めています。なかでも、グローバルスタンダードな契約方式であるCPI連動条項に対する関心がオフィス市場にも波及しつつあります。本稿では、ニッセイ基礎研究所の佐久間誠氏が、オフィス市場の見方と、CPI連動条項の導入におけるポイントについて詳しく解説します。

インフレ時代における賃貸借契約:CPI連動条項とは

日本においては、インフレの恩恵を享受するためには、賃貸借契約の形態についても再考する必要がある。国内で一般的に用いられる賃貸借契約では、原則として契約期間を通じて賃料は一定であるため、期間中に物価が上昇した場合、その実質的な負担はオーナーが抱えることになる。期間内に賃料を改定することが契約上は可能な場合が多いものの、その際は借主と貸主による“協議”が必要となり、合意に至らなければ賃料の改定は実現しない。そのため、賃料が廉価な時期に入居したテナントが、その後も市場賃料を下回る水準で長期に渡り入居するようなケースもある。今後、インフレが持続的に定着した場合には、こうしたギャップがさらに拡大する可能性がある。

 

一方で、インフレを前提とした制度設計がなされている海外においては、既存テナントの賃料をCPIに連動させる等によって自動的に改定する条項を賃貸借契約に盛り込むことが一般的である。具体的な内容は契約によって様々であるが、基本的な考え方は、インフレ環境下において賃料の実質的な価値を維持するため、インフレに合わせて賃料を機械的に変更するというものである。

 

日本国内においても、契約期間が長期に及ぶ物流施設では、CPI連動条項の導入が進みつつある。物流不動産に特化したREITであるGLP投資法人では、ポートフォリオ全体の62%でCPI連動条項を導入しており、インフレ対応に向けた取り組みを進めている(2025年2月末時点)。

 

オフィスにおいても、CPI連動条項の導入に向けた検討が活発化している。現時点では、CPI連動条項を実際に導入した事例は非常に限られているが、大企業や外資系企業を中心に、CPI連動条項に関する交渉が各所で進められている。

CPI連動条項のポイント

国内においては、まだCPI連動条項の導入事例が少なく、多くのオーナーやテナントにとって馴染みの薄い制度である。また、日本の賃貸借契約における慣行は欧米諸国と異なる点が多く、海外の事例をそのまま適用することが必ずしも適切とはいえない。したがって、米国等の事例を参考にしつつも、日本のオフィス市場に即した制度設計が必要である。

 

以下では、CPI連動条項の導入にあたって、留意すべき5つのポイントを整理する。

 

1.連動指数の種類

CPI連動条項では、どの物価指標に賃料を連動させるのかが重要となる。理論上は、CPIに限らず、企業物価指数や金利、建設工事費等、他の指標に連動させることも可能である。ただし、海外においてもCPI以外の指数を用いることは稀であり、国内で先行して導入が進められている物流施設のCPI連動条項でも天候等に伴う変動が大きな生鮮食品を除いた物価指数であるコアCPIに連動させる方式が主流となっている。

 

なお、指数連動と異なる方式として、毎年一定率の賃料を引き上げる固定レート方式もある。インフレ率が安定している国では将来の見通しが立てやすい固定レート方式を採用することが多い。日本においても、初期費用を抑えることを目的として段階的に賃料を引き上げる「段階賃料」を導入する事例は存在するが、従来はインフレ対応を目的としたものではなかった。今後、海外同様に、インフレ率を想定した固定レート(たとえば年2%)を前提とした段階賃料の導入が広がる可能性もある。

 

2.改定幅の算出方法

賃料の改定幅をどのように算出するかについても多様な方式がある。たとえば、改定幅を直近1年間の指数変動率にもとづいて算出する方法のほか、過去数年間の平均変動率を基準とする方法や、軽微な変動であれば改定を行わない方式も考えられる。いずれの場合においても、契約当事者間での誤解を防ぐため、数式を含めた明確な算定ルールの策定が不可欠である。

 

3.改定頻度

賃料をどの頻度で改定するのかも、重要なポイントである。改定の頻度を多くすれば、賃料をより正確に物価に追随させることが可能となり、双方の損得の偏りを抑制することができるが、事務負担が増大する。たとえば、契約初期の一定期間(たとえば契約期間5年のうち当初2年)の賃料は固定とし、それ以降は一定頻度(毎年、隔年等)で改定する等、フリーレント等の他の条件との整合性を確保しながら、柔軟に設計する必要がある。

 

4.変動幅の制限

CPI連動方式では、物価の大幅な変動がそのまま賃料の変動に直結するため、将来の収支見通しが不透明になるリスクがある。そのため、あらかじめ賃料の変動幅の上限(キャップ)や下限(フロア)を設定することで、大幅な賃料変動リスクを回避する手法がある。インフレが常態化している海外においてはフロアを0%、つまり賃料の引き下げは想定しないとする契約も少なくない。不確実性が高まっている経済環境下では、このような制限を設けることが、貸主・借主双方の予見可能性を高め、安定的な契約運営につながる可能性がある。

 

5.協議の有無

賃料改定時に協議を行うのか、自動更新とするのかも重要な点である。実効性および事務負担の観点からは、原則として物価指数に連動した自動改定が望ましい。ただし、CPIの変動率が一定範囲内(たとえば年±3%)であれば自動改定とし、それを超える変動が生じた場合には協議とするといった形式も現実的な選択肢となる。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2025年6月23日に公開したレポートを転載したものです。

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