犯罪防止のカギは「証拠」にある
そういう人の自由を尊重しながら、毒物による犯罪を抑制する唯一の方法は、ベンサムが「予定証拠」と呼んだものを用意することだろう。
この方法は、おそらく誰もがよく知っているものだ。なんらかの契約が結ばれる際は、その履行を強制するための条件として、「署名」や「証人の立ち会い」といったものを法律上必要とする。これはふつうのことであり、正しいことでもある。もし、あとになって揉めごとが起きたとしても、契約が確かに結ばれていることや、法的に無効になるような事情がなかったことを証明する証拠になるからだ。この方法なら、虚偽の契約も、締結の経緯がわかれば無効になるような契約も、効力を発揮しなくなる。
犯罪につながりかねない商品を販売するときも、このような予防策を強制すればいいのではないか。売り手側には、商品を販売した日時、買った人の住所と氏名、販売した商品の量と品質を正確に記録することを義務づける。さらに、買い手の購入目的も事前に聞いておき、同じように記録として残しておく。
医師の証明書をもたない人に売る場合は、第三者に立ち会いを求めてもいい。そうすれば、あとでその商品が犯罪に使われたときに、買い手は購入した事実を否定できなくなる。この方法なら、買い手に強いる負担を最小限に抑えながら、商品がこっそり犯罪に使われる危険を大幅に減らすことができる。
社会が干渉せざるをえない「怠惰」が“招く結果”
犯罪を防ぐために予防策を講じることは、社会に与えられた権利である。そのため、「個人の行動が他者に影響を与えない場合、社会が干渉することは許されない」という規則を完全に守るのは不可能だ。
酔っ払いを例に挙げよう。ふつうなら、酒に酔うことを法律で禁止されたり、酔っ払ったせいで罰を受けたりはしない。だが、酒の勢いで他者に暴力をふるった過去がある人の場合はどうか。その人にだけ特別に制約が加えられたとしても、仕方がないのではないか。制約を加えられている期間中に酔っぱらったら罰せられるべきだし、ふたたび酒のせいで罪を犯したら、以前よりも厳しい処分を受けるのが当然だろう。酒のせいで他者を傷つけるタイプの人間なら、酔うまで飲むという行為はそれ自体が犯罪にあたるのだ。
「怠惰」についても同じことが言える。怠惰だからという理由で罰を与えることは、専制的な抑圧だ(もちろん、社会の扶助を受けている人や、一定量の仕事をすることを義務づけられている人は例外だが)。
しかし、怠惰は避けられないものではなく、本人の気持ちしだいでどうにでもなるものだ。こうした原因のせいで育児を放棄したり、他者に対する法的な義務を果たさなかったりする人には、社会が干渉せざるをえないかもしれない。場合によっては、強制労働を課しても抑圧にはあたらないだろう。
本人以外に直接的な影響を与えない行動は、法律で禁止できない。だが、それが公序良俗に反するものだとしたらどうか。公の場でそういう行動をとるのを禁止するのは正当ではないだろうか。
たとえば、風紀を乱す行動がそれにあたる。それ自体は悪いことではないものの、人前で行われてはならないとされている行動は多い。とはいえ、本書のテーマから少し外れてしまうので、ここで詳しく論じるつもりはない。
ジョン・スチュアート・ミル
政治哲学者
経済思想家
※本記事は、約165年前に出版された19世紀を代表するイギリスの政治哲学者、経済思想家ジョン・スチュアート・ミルの「自由論」を基にした新訳書籍『すらすら読める新訳 自由論』(著:ジョン・スチュアート・ミル、その他:成田悠輔、翻訳:芝瑞紀、出版社:サンマーク出版)からの抜粋です。
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