1. 危機管理やコンプライアンスで大切なことは何か
企業や報道機関の方等から「危機管理やコンプライアンスで大切なことは何か」と質問されることがあります。
危機管理の観点からは、真摯な謝罪と説明責任、徹底した事実調査、これに基づく原因分析・再発防止体制・責任追及、被害者救済を含む是正措置、ステークホルダーとの対話、トータルな見通し、想像力などが大切になります。
コンプライアンスや不祥事予防のガバナンスの観点からは、経営者の率先垂範、牽制・チェックの仕組みの整備、その仕組みの不断の検証、単純素朴なメッセージの反復、不正や正当化を生まない組織風土・組織文化、外部の新しい目、心理的安全性の確保などが大切になります。
これらの諸点は対応すべき項目・課題であり、具体的な案件や状況によって力点や方法論は変わってきます※1。
※1 なお、これらの点に関する各論ないし具体的な私見等は、本稿末尾の座談会、インタビュー記事、ニューズレター等をご参照ください。
他方、危機管理であれ、コンプライアンスであれ、いかなる案件の、いかなる状況においても、常に立ち返っていくべき本質や行動の指針とすべきことは何でしょうか。
私は、それは「正しいことをしよう」にあると思っています。
もちろん、何が正しいかは人によって違うこともありますから、厳密に表現するならば、自分が「正しい『と信じる』ことをしよう」となります。
私自身も、いつも迷ったら「正しいことをしよう」と考えて仕事をしてきました。また、依頼者はもとより、チームとして一緒に仕事をする仲間である当事務所の若手弁護士たちにも、必要な時には、そのようにアドバイスしています。
2. 危機管理における「正しいことをしよう」
この「正しい(と信じる)ことをしよう」というのは、以前、ある企業不祥事に直面した企業の取締役会で、元企業経営者の社外役員が仰っていたことです。
その取締役会では、対応方針をめぐり、賛否両論で議論がなかなかまとまらない。「メリット・デメリットを考えれば、A案の方がよい」、「いやB案だ」、「B案ではマスコミの批判に立っていられなくなる」といった具合に議論が繰り返される。みんな、迷うし、恐れもする。そのときに、ある社外役員が「こういうときは、自分が正しいと思うことをしようよ」と言ったわけで、それで全ての役員の気持ちが一つに固まったわけです。
私自身も、当時、まだ30歳代だったと思いますが、この場に参加していて、弁護士として、「こういうときは、自分が正しいと思うことをしようよ」という一言に強い感銘を受け、以来、判断に迷うときには、常に、ここに立ち返るようにしてきました。
危機管理では、既に企業に不祥事が発生して厳しく批判されている状況下で、企業経営者は様々な対応について判断を下していく必要があります。危機管理を企業にアドバイスする弁護士にも同じことが当てはまります。
誰が見ても明白な対応策などそう多くはなく、複数の選択肢があって、それぞれにメリットもあればデメリットもある、あるいは、どの選択肢をとっても批判を免れない、という状況は珍しくありません。
そのような中でも企業経営者は、恐れずに決断を下していかなければなりません。
その場合に指針となるのは、「正しい(と信じる)ことをする」です。
不祥事を公表するかどうか、いつ何を公表するか、大恩ある先輩である社長らを解任するか、告訴告発するか、提訴するかなどの判断において、メリット・デメリットの分析等は重要な考慮事項ではありますが、それだけで判断できるわけでも、また、判断すべきでもなく、最後は、「何が正しいことなのか」という観点で決断していかなければなりません。
3. 第三者委員会その他の調査委員会における「正しいことをしよう」
「正しいことをする」との行動指針は、弁護士が、第三者委員会その他の調査委員会の委員長や委員、事務局を務めるときなどにも当てはまります。調査結果について、報道機関や識者等からの批判や、逆に企業側(特に責任が問われる役員など)からの批判など、両面からの批判があり得ます。私などは、これまで、複数の大きな企業不祥事でこの両面からの批判を経験してきました。
しかし、事実認定にせよ、原因分析や責任の所在といった評価にせよ、調査委員会が、自らに対する批判を気にして、認定や評価を歪めるのは間違っています。調査委員会が、報道機関等からの自己に対する批判を気にして、世間受けを良くしようと迎合して、例えば責任のない企業経営者にも責任があるとするようなことは間違っており、他方、企業側からの自己に対する批判を気にして、例えば、今後のその企業からの仕事欲しさに判断に手心を加えるのも間違っています。
弁護士がこうした調査委員会の仕事をするときに大切なのは、報道機関等からの批判であろうと、企業側からの批判であろうと、どちらの方向であれ、そのようなものは一切気にしないで、法と証拠に基づいて、自分が正しいと思う事実認定や評価を行っていくべきです。批判を恐れずに、自分が「正しい(と信じる)ことをしよう」ということです。それこそが第三者委員会を含む調査委員会が果たすべき役割です。
なお、ここで必ず述べておかなければいけないことがあります。それは、「正しいことをしよう」という姿勢が独善に陥ってはならない、ということです。独善になると、お手盛り調査報告書(企業や経営陣等に甘い判断)や、その逆に調査委員会を務める弁護士の売名(調査報告書や記者会見で、過剰に会社や経営陣を非難するなどして、世間受けを目指す対応)に劣化してしまいます。
その意味で、第三者委員会格付け委員会の評価や、新聞・テレビ等における識者の批判は非常に有意義です。健全な批判の可能性という緊張関係が常にあるからこそ※2、批判を恐れずに「正しいことする」ことが真に生きてくるわけです。外部の批判と、内面の倫理観との両者からの規律が働くことによって、第三者委員会その他の調査委員会の事実認定や評価の適正が確保されると思います。
※2 もちろん、誹謗中傷や個人攻撃などは、まともに相手にする必要はありません。
4. 記者会見における「正しいことをしよう」
「正しいことをしよう」は、企業不祥事の記者会見でも当てはまります。
企業不祥事の記者会見は、ときには怒号がとびかうことも珍しくはなく、不祥事を起こした企業である以上は、厳しく非難されるのは当たり前です。ここで大切なことは、批判や非難をされても、謝罪と説明の姿勢を一貫させることであり、かつ、ぶれないことです。
私も、企業不祥事において、企業側の説明補助者として、あるいは調査委員会の委員長や委員として、最近10年以上は、ほぼ毎年のようにいずれかの企業の記者会見に出席して自ら答弁してきました。
だから、記者会見出席者(記者会見に出席して自ら答弁する者を言います。以下同じ。)が、記者会見で厳しい質問を受けたり非難されたりすると、回答に自信を持てなくなって逃げようとしたり、迎合してマスコミ受けの良いような答えをしたくなる心理も、経験的に理解できます。
また、記者会見でいかに真摯に謝罪や説明をしようとも、記者が「欲しい答え」を言わなければ、いつまでも同じ質問が繰り返されたり、追及や批判が続くという事態も珍しくありません。ときには長時間の追及で失言を引き出そうという狙いではないかとすら思うこともあり、いかがなものかと思いますが、ともあれ、不祥事を起こして社会的に非難されている状況下での記者会見ですから、企業としては厳しく非難されて当然だと覚悟を決める必要があり、どれほど真摯に謝罪や説明をしようとも、「記者会見での説明が足りない」、「記者会見の失敗だ」などとの非難を受けることも、いつものことであって、珍しいことでもありません※3。
※3 危機管理広報を看板にする業者が記者会見の成功や失敗等を喧伝して売り込みする例がありますが、被害者の心中や企業責任の観点が必要です。また、実際の記者会見の内容を見た上でコメントすることも必要です。将来の不祥事に備えた記者会見の練習などもあるようですが、大切なことは真摯な謝罪と説明であり、事実関係や原因、責任の所在等といった「中身(サブスタンス)」です。それを、下手でもよく、どんなに非難されてもよいから、誠実にステークホルダーに伝えていくことです。頭の下げ方や答弁技術等にはあまり意味があるとは思われず、かえって「記者会見を上手くこなして穏便に済ませたい」ということでは、真摯な謝罪と説明の姿勢に反すると思います。
ここで記者会見に臨む者として大切になることは、自分の責任は「真摯な謝罪と説明」であるということを常に思い返し、どれほど非難されようと、誠実に説明し続けることです。ぶれたり迎合などするべきではありません。記者会見で厳しく批判されるのは当たり前です。そのためには、記者会見出席者は、記者会見の席上で、「正しいことをする」という信念を持ち続け、常に「正しいことは、(記者だけでなく)全てのステークホルダーに対する真摯な謝罪と説明である。非難や批判を正面から受け止めて、誠実にありのままの事実や認識を説明することが正しいことだ※4」という姿勢で臨むことが重要です。
※4 もちろん、関係者のプライバシーや技術上・営業上の秘密など、記者会見で言うべきでないことは言わない、それも「正しいことをしよう」の一つです。
5.コンプライアンスや不祥事予防のガバナンスにおける「正しいことをしよう」
コンプライアンスの観点においても、「正しいことをしよう」は、役職員の根本的な行動指針だと思います。
コンプライアンスの基本的な仕組みは、大雑把に言えば、①社内規程による行動規範の明示と事前チェック・牽制、②研修を通じた社内規程の浸透とコンプライアンス教育、③内部監査・内部通報等による事後チェックですが、こうした仕組みだけでは不祥事は防止できません。コンプライアンスに注力してきた日本を代表する企業でも大きな企業不祥事が起きています。分厚い社内規程、多重の決裁、頻繁な研修によって「コンプラ疲れ」になっても意味がありません。法令や社内規程で禁止されていなければ何をしてもよい、というわけでもありません。だから、仕組みの整備だけでなく、これに加えて、企業不祥事を起こさない組織風土・組織文化を構築して、企業の隅々まで浸透させることも大切です。
こうした組織風土・組織文化の構築・浸透の方策は、企業や企業経営者の考え方によって様々です。例えば、「顧客目線で顧客のためを考える」という企業の原点に立ち返るように呼びかけていく、「問題が生じたことでは責めないから、とにかく隠さないでくれ」を絶えず繰り返す、あるいは、インテグリティ(誠実さ)を役職員行動指針に掲げる著名企業もあります。これらは一例ですが、どれも詰まるところは、「正しいことをしよう」になるのではないか、と思います。それが、メッセージ性の観点もあれば、役職員の腹落ちという観点、その時々の最優先すべきコンプライアンス上の課題といった観点などから、様々な表現方法になっているのでしょう。
全ての役職員が「正しいことをしよう」と考え、それを実践していれば、通常は企業不祥事は起きませんし、何か問題があっても早期の認知・対応が可能になります。もちろん、人間は弱い存在ですから、間違うことや迷うこともあり、仕組みとしてのコンプライアンスの必要性は変わりませんが、それでも役職員の全て(あるいは多く)が「正しいことをしよう」を常に意識し続けていれば、かなりの程度、企業不祥事は防止できるのではないでしょうか。
【関連する拙稿等】
・佐伯仁志=川出敏裕=木目田裕=山口利昭「座談会 企業不祥事の現状と展望」(ジュリスト1498号(2016年10月)14、17頁)
・「『単純素朴な正義感』と『人助け』」と題する当職のインタビュー記事(法学教室430号(2016年7月))
・「不祥事対応のエキスパート弁護士が語る危機管理の要諦」と題する当職のインタビュー記事(中央公論1680号第137巻第11号(2023年11月号))
・拙稿「不祥事を防ぐ組織風土追求を」2017年10月4日付け日本経済新聞・朝刊
・拙稿「企業不祥事の防止―機会の防止の重要性」当事務所・危機管理ニューズレター(2022年11月30日号)
・拙稿「企業不祥事を防ぐガバナンス―経営陣の視点から―」同(2023年1月31日号)
・拙稿「近時の企業不祥事とコンプライアンスについて(その1)」同(2023年8月31日号)
木目田 裕
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