Ⅰ 第2次トランプ政権による米国海外腐敗行為防止法(FCPA)の執行方針の転換?~ボンディ・メモとFCPA執行を一時的に停止する大統領令について~
執筆者: 宮本 聡、安部 立飛
1. はじめに
米国の海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act:FCPA)は、個人や企業が外国(米国以外の国を指します。)の公務員等(外国公務員等)に対して賄賂を渡す行為等を禁止しています。
FCPAは、米国国籍を有する者や米国企業のみならず、米国外の企業等が外国公務員等に対して米国の銀行を経由して賄賂を提供した場合にも適用される可能性が指摘されるなど※1、米国外にも広く適用されるおそれがあることで知られています。実際、日本企業が摘発を受けた事例もあり、FCPAは、日本企業が特に注意すべき米国の法律の一つです。
第2次トランプ政権は、2025年1月20日に発足して以来、様々な分野について大統領令を発令して大胆な改革を進めようとしておりますが、FCPAの執行方針についても二つの注目すべき大きな動きがありました。
※1 詳細につきましては、本ニューズレター2015年5月号及び本ニューズレター2018年9月号等をご参照ください。
一つ目が、2025年2月5日に米国司法長官(United States Attorney General)に任命されたパム・ボンディ(Pam Bondi)氏が就任当日に発表したメモランダム(以下便宜上「ボンディ・メモ」といいます。)※2、二つ目が、同月10日に発令された、米国司法省におけるFCPAの執行を一定期間停止すること等を内容とする大統領令(以下「本大統領令」といいます。)※3です。
本稿では、ボンディ・メモ及び本大統領令の概要を紹介した上で、日本企業の取るべき対応、留意点についてコメントします。
※2 “TOTAL ELIMINATION OF CARTELS AND TRANSNATIONAL CRIMINAL ORGANIZATIONS”
2. ボンディ・メモの概要
ボンディ氏は、米国司法省のこれまでの捜査・訴追方針を厳しく批判しており※4、その改革を進めており、その嚆矢となっているのが、ボンディ・メモです。
※4 例えば、2025年2月20日にメリーランド州で開催された保守政治活動協議会(Conservative Political Action Conference)で、ボンディ氏は、旧バイデン政権下における米国司法省の
”Worse, meaning, yeah, that department had completely lost its mission of fighting violent crime....This is about keeping America safe and going forward and prosecuting violent criminals.”
などと述べ、これまで米国司法省が暴力犯罪よりも経済犯罪その他の犯罪の捜査・訴追に注力してきたことを批判しています(Attorney General Pam Bondi: DOJ 'worse' than she anticipated - ABC News)。
ボンディ・メモは、カルテル(ここでは、麻薬の製造や売買等の組織的犯罪を行う組織を指します。)や国際犯罪組織(Transnational Criminal Organization:TCO)が米国内で勢力を増しており、米国人がその犯罪被害の対象になっていること、ひいては、米国の安全保障への脅威にもなっていることを問題視する観点から、米国司法省のリソースをそれらの組織の摘発と撲滅に割くべきとの立場を示しています。
このような立場から、ボンディ・メモは、米国司法省が管轄するFCPA事件に関する捜査・訴追の方針についても、次のような転換を表明しています。
まず、ボンディ・メモは、カルテルやTCOの犯罪活動を助長する外国公務員等への贈収賄に関連する事件(人身売買や麻薬・銃器の密売を助長する外国公務員等への贈収賄等)を米国司法省刑事部のFCPA担当部署(Criminal Division’s Foreign Corrupt Practices Act Unit)の優先的な捜査対象とするとし、そのような関連性のない捜査や事件から重点を移すこととしています。
次に、ボンディ・メモは、FCPA及び海外恐喝防止法(Foreign Extortion Prevention Act:FEPA)※5に基づく事件の捜査・訴追には司法省刑事部の承認が必要であり、かつ、そのような捜査及び訴追は刑事部詐欺課(Fraud Section of the Criminal Division)の公判検事によって行われなければならないという要件※6は、カルテル及びTCOに関連する外国公務員等への贈収賄に関する全ての事件について停止されると述べられています。
※5 FEPAは、米国人等から賄賂を要求・収受等した外国(つまり米国以外の国)の公務員を処罰する法律であり、その詳細につきましては、本ニューズレター2024年1月31日号をご参照ください。
※6 Justice Manual § 9-4 7.110.
つまり、カルテル及びTCOに関連する外国公務員等への贈収賄に関する事件については、詐欺課の独占的管轄権が撤廃されるということになり、他の部課に所属する検察官も捜査・訴追が可能となります。
このような措置は(ボンディ・メモの発表日から)90日間実施されることになっており、その後、司法長官室(Office of the Attorney General)及び司法長官代理室(Office of the Deputy Attorney General)が適切と判断した場合に、更新等されることになっています。
以上のボンディ・メモの記載内容からは、米国司法省として、(少なくとも当面は)FCPA事件の中でも、人身売買や麻薬・銃器等との関連性が認められる事例に優先的にそのリソースを割き、更に、そのような事件については、同省内での捜査及び訴追の迅速化が図られることになることが予想されます。
3. 本大統領令の概要
本大統領令は、FCPAに基づく捜査及び執行に関する指針及び方針の改訂を指示するとともに、その改訂版が発表されるまでの間、FCPAの執行の停止を命令するものです。その目的や具体的内容は、以下のとおりです。本大統領令は、これまでのFCPAの執行は適切な範囲を超えたものであり、米国の利益を害する形で乱用されてきたことを批判しています。
より具体的には、本大統領令は、米国の国家安全保障は、米国とその企業が重要なインフラや資産において戦略的なビジネス上の優位性を獲得することにそのかなりの部分が依存しているにもかかわらず、外国での日常的な商行為に関して、米国市民や企業に対して過剰で予測不可能なFCPAの執行が行われることは、米国の自由を守るために充てられるはずの限られた検察官のリソースを浪費するだけでなく、米国の経済競争力ひいては国家安全保障に重大な害をもたらすことになると指摘しています※7。
※7 トランプ大統領は、第1次トランプ政権の発足前から、FCPAの広範な適用が米国の競争力を削ぐことを懸念しており、CNBCが2012年に(大統領就任前の)トランプ大統領にインタビューした際、トランプ大統領は、FCPA執行に対する米国のアプローチは「absolutely crazy(絶対にクレイジー)」であり、「horrible law and it should be changed(恐ろしい法律であり、変えるべきだ)」と述べていました(Corporate Governance in the Trump Era: A Note of Caution 参照)。
また、本大統領令は、2025年2月10日から180日間、司法長官に対して、FCPAに基づく捜査及び執行に関する指針及び方針の見直しを命じており※8、当該見直し期間中、司法長官は以下の措置を講じることとされています。
※8 本大統領令によれば、司法長官は、適切と判断する場合、当該見直し期間をさらに180日間延長することができるとされています。
なお、当該見直しに基づき改訂された指針又は方針が発表された後、司法長官は、不適切な過去のFCPAに基づく捜査及び執行に関する是正措置を含む追加措置が必要かどうかを判断し、そのような適切な措置を講じるか、又は、大統領による何らかの措置が必要な場合にはそのような措置を大統領に勧告するものとされています。
- 司法長官が個別に例外を設けるべきであると判断しない限り、FCPAに基づく新たな捜査又は執行の開始を停止する。
- 既存のFCPAに基づく捜査又は執行を詳細に検討した上で、その執行の適切な範囲を回復し、大統領の外交権限を維持するために、そのような捜査又は執行に関して適切な措置を講じる。
- 大統領の外交権限を適切に促進し、米国の利益、他国に対する米国の経済競争力、及び、連邦法を執行するためのリソースの効率的な使用を優先させるために、適宜、最新の指針又は方針を発表する。
以上のとおり、本大統領令の目的は、FCPAの過剰な執行により発生する(してきた)取引障壁を除去することにあることは明らかですが、注意を要するのは、本大統領令の目的・焦点はあくまで米国の経済力と国家安全保障の向上にあり、米国外の企業等をFCPAの執行から保護することではないように思われる点です。
要するに、本大統領令は、FCPAの米国市民や米国企業に対する執行を抑制する意図はあっても、米国外の企業等への執行を抑制する意図はないということです。このことは、本大統領令が発令された同日にホワイトハウスが発表した声明文※9に記載された次の文章等からもうかがえます。
- 「American national security depends on America and its companies gaining strategic commercial advantages around the world, and President Trump is stopping excessive, unpredictable FCPA enforcement that makes American companies less competitive.
(米国の国家安全保障は、米国とその企業が世界で戦略的なビジネス上の優位性を獲得できるかどうかにかかっており、トランプ大統領は、米国企業の競争力を低下させる過剰で予測不可能なFCPAの執行を阻止しようとしている。)」
- 「PUTTING AMERICA FIRST: President Trump is committed to prioritizing American economic and security interests and ensuring U.S. businesses have the tools to succeed globally.
(米国第一主義:トランプ大統領は、米国の経済及び安全保障上の利益を優先し、米国企業がグローバルに成功するための手段を確保することに尽力する。)」
4. 日本企業の取るべき対応、留意点
ボンディ・メモも本大統領令も、FCPAの法的要件や罰則、時効等の内容そのものを変更するものではなく、また、過去若しくは未来のFCPA違反行為に免責を与えるものでもありません。
そのため、仮にこれらの内容に従って、第2次トランプ政権期間中(つまり4年間)、一定の分野のFCPA違反事件の摘発が減ったとしても、第2次トランプ政権の次の政権において、時効(公訴時効は通常5年間です。)が完成していないFCPA違反事件が摘発される可能性は残ります。
また、上記3.でご説明したとおり、本大統領令等からは、米国外の企業等へのFCPAの執行を抑制する意図はうかがえず、むしろ、米国の利益の観点から、米国外の企業等へのFCPAの執行が維持又は強化される可能性さえ否定できません。
さらに、ボンディ・メモも本大統領令も、FCPAの執行に関して米国司法省と並行して管轄権を持つ米国証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission : SEC)の捜査・訴追の方針を変更するものではなく、SECの方針がどうなるかは不透明です。
以上を踏まえると、日本企業としては、FCPAへの対応方針を含めた国内外の贈賄防止に関するコンプライアンス上の様々な取組を、緩める方向に変更するのは早計であると考えられます。
むしろ、ボンディ・メモが、カルテルやTCOの犯罪活動を助長する外国公務員等への贈収賄に関連する事件に優先的に取り組むことを明らかにしていることを踏まえ、組織的な犯罪行為や麻薬取引等に関連したリスクの高い環境で事業を行う企業については、これまでよりも米国司法省によるFCPA違反に関する捜査・訴追のターゲットになる可能性があることに留意すべきであると考えられます。
Ⅱ 最近の危機管理・コンプライアンスに係るトピックについて
執筆者: 木目田 裕、宮本 聡、西田 朝輝、澤井 雅登、寺西 美由輝
危機管理又はコンプライアンスの観点から、重要と思われるトピックを以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。なお、個別の案件につきましては、当事務所が関与しているものもありますため、一切掲載を控えさせていただいております。
【2025年1月31日】
消費者庁、景品表示法に基づく法的措置件数の推移及び措置事件の概要を公表
https://www.caa.go.jp/notice/entry/024740/
2025年1月31日、消費者庁は、2024年12月31日までの国及び都道府県等の景品表示法に基づく法的措置件数の推移及び措置事件の概要を公表しました。2024年の国による法的措置件数は、措置命令14件(前年44件)、課徴金納付命令3件(前年12件)、都道府県等による法的措置件数は2件(前年3件)でした。本概要には、2024年1月から12月までに国又は都道府県等において法的措置を採った事件の事案概要をまとめた一覧表が付されており、参考になります。
【2025年2月3日】
金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024(第4弾)」を公表
https://www.fsa.go.jp/news/r6/singi/20250203.html
金融庁は、2023年1月に改正された企業内容等の開示に関する内閣府令によって、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されたことを踏まえ、同記載欄の開示の好事例の取りまとめとして、2025年2月3日に「記述情報の開示の好事例集2024(第4弾)」を公表しました※10。
※10 「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」については、本ニューズレター2024年11月29日号(「金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表」)を、「記述情報の開示の好事例集2024(第2弾)」及び「記述情報の開示の好事例集2024(第3弾)」については、本ニューズレター2025年1月31日号(「金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024」の第2弾及び第3弾を公表」)をご参照ください。
これらの事例集は、第1弾から第3弾で開示例が紹介されていた有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組に関する項目(「全般的要求事項」、「個別テーマ」、「気候変動関連等」、「人的資本、多様性」、「人権」)に加え、有価証券報告書のコーポレート・ガバナンスの状況等の項目について開示例を紹介するなどしています。
本事例集は、今後、「記述情報の開示の好事例に関する勉強会」における議論を踏まえ、更なる追加等が行われることが予定されているとのことです。
【2025年2月6日】
政府、公益通報を理由とした公務員に対する不利益処分について、刑事罰導入の方針
2025年2月6日付け日本経済新聞朝刊
2025年2月6日付け日本経済新聞朝刊の報道によれば、政府は、公益通報者保護法の改正法案※11において、公務員に対する公益通報を理由とした不利益な取扱いを禁止すること、及びそのような不利益な取扱いを行った公務員に対して刑事罰を科すことを明記し、2025年の通常国会で成立を目指す方針とのことです。
※11 なお、公益通報者保護法の改正に関する議論については、本ニューズレター2025年1月31日号(「消費者庁、「公益通報者保護制度検討会報告書」を公表」)をご参照ください。
刑事罰の対象となるのは、民間企業の解雇にあたる「分限免職」や「懲戒処分」の意思決定関与者であり、民間企業※12において通報者に対して不利益取扱いを行った個人と同様、6月以下の拘禁刑か30万円以下の罰金を科す予定とのことです。
※12 なお、民間企業については、法人についても3000万円以下の罰金が科される予定とのことです。
【2025年2月7日】
金融庁、令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に関するパブリックコメントの結果を公表
https://www.fsa.go.jp/news/r6/shouken/20250207/20250207.html
2025年2月7日、金融庁は、令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に関するパブリックコメントの結果を公表しました。主な改正等の内容は以下のとおりです。
- 金融商品取引契約締結前等の顧客への情報の提供等に関する規定の整備
- 契約締結前等における情報提供の方法を定める
- 顧客属性に照らして行う説明義務の適用除外を定める
-
情報提供の方法に応じクーリングオフの起算日の明確化を行う等
-
目論見書の電子提供に係る規定の整備
- 課徴金納付命令に係る審判手続のデジタル化に係る規定の整備
本改正後の政令、内閣府令等は、2025年4月1日から施行されます。
【2025年2月17日】
東証の取引参加者規程の一部改正(処分及び勧告制度に関する見直し)が施行
https://www.jpx.co.jp/rules-participants/rules/revise/um3qrc000000ojuw-att/gaiyou.pdf
東証(株式会社東京証券取引所)は、最近の取引参加者※13に対する処分及び勧告事案を踏まえ、取引参加者規程の一部を改正し、2025年2月17日付けで施行しました。
※13 取引参加者とは、総合取引参加者(東京証券取引所の市場において、有価証券の売買を行うための取引資格を有する者)の1種類を指します(取引参加者規程2条)。
本改正によって、従前は、基本的には1億円としつつ、特に取引所の信用を著しく失墜させたと認められる場合に特例として5億円とされていた過怠金の上限が、5億円に一本化されました。また、処分を行うことができる事由として、「勧告後も適切な改善が図られないと認められるとき」を追加するとともに、勧告の内容に応じ、特に投資者への注意喚起を要すると認めるときは、その旨を各取引参加者に通知し、公表することが可能となりました。