(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2025/1/31号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

I 製品・サービスの悪用に対する企業の刑事責任と社会的責任の高まり

執筆者:木目田裕

 

1. 中立的行為による幇助

企業が製造する製品や提供するサービスが犯罪に悪用される場合があります。自社の製品やサービスの悪用を防止することは、企業の社会的責任であるというだけでなく、具体的な事実関係によっては、悪用防止を怠ると、企業の役職員がその犯罪の共犯(主に幇助犯※1)として刑事罰に問われることもあり得ます。

 

※1 幇助犯(刑法62条1項)は、他人の犯罪を容易にする行為を、それと認識、認容しつつ行うものであり、広い意味での共犯の一類型です。

 

この問題は、「中立的行為による幇助」※2などと呼ばれる問題であり、古くから議論されてきた問題です。例えば、商店が包丁を販売したところ、購入者がその包丁を使って殺人を犯したという場合に、その商店が殺人罪の共犯に問われるのはいかなるときか、といった問題です。

 

※2 西田典之ほか編『注釈刑法第1巻』(有斐閣、2010年)919頁以下〔嶋矢貴之〕。

 

通常の製品・サービスの提供であって、専ら犯罪に用いられるための製品・サービスの提供※3とは異なりますので、「中立的行為」と言われるのですが、企業が通常の事業活動として行っている製品・サービスの提供であっても、悪用防止を怠ると役職員が幇助犯として処罰されることもあるわけです。

 

※3 専ら犯罪用途の製品・サービス提供の例としては、速度違反監視装置による写真撮影を困難にするナンバープレート用カバーの製作販売が道路交通法違反の幇助として処罰された事例などがあります。

 

個人的な漠然とした印象ですが、以前は、この「中立的行為による幇助」は理論的な問題にとどまり、企業や個人が社会常識に沿って行動する限り、現実に問題になることはあまりないと思っていました。

 

しかし、最近は、以下で述べるように、「中立的行為による幇助」が現実に問題にされる事例が目立つように感じています。

 

2. ウィニー事件

この問題で著名な例としては、ウィニー事件(最高裁平成23年12月19日決定・刑集65巻9号1380頁※4)があります。ファイル共有ソフト(ウィニー)を開発して、インターネット上で不特定多数の者にこのソフトを無償で提供した行為が、著作権法違反の幇助として問題とされました。

 

※4 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/846/081846_hanrei.pdf

 

ウィニーそれ自体は、電子ファイルの検索や送受信などに有用なソフトとのことで、被告人とされたウィニーの開発者は、開発途上のソフトをインターネット上で無償で公開・提供し、利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めていったとのことです。

 

ウィニーはこのように適法な用途のために有用なソフトだったとのことですが、それが一部のユーザーによってインターネット上でゲームソフト等の違法ダウンロード等に悪用された(著作権法違反)ということで、被告人によるウィニーの開発・提供が著作権法違反の幇助犯に問われました。

 

被告人は一審で有罪となり、罰金150万円を科されたものの、高裁で無罪となり、最高裁で無罪が確定しました※5

 

※5 幇助犯ではなく、コンピュータ・ウイルス罪(不正指令電磁的記録保管等の罪)の正犯に問われたケースですが、コインハイブ事件についても、ターゲット広告等に使われる価値中立的な技術の利用それ自体が刑事処罰の対象にされたという点で、「中立的行為」が刑事罰に問われた例と捉えることもできると思います。この事件も、最高裁まで行って、ようやく被告人の無罪が確定しました(最高裁令和4年1月20日判決・刑集76巻1号1頁https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/869/090869_hanrei.pdf)。

 

最高裁は、ウィニーのような「1、2審判決が価値中立ソフトと称するように、適法な用途にも、著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフト」について、

 

「ソフトの提供者において、当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認容しながら、その公開、提供を行い、実際に当該著作権侵害が行われた場合や、当該ソフトの性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で、提供者もそのことを認識、認容しながら同ソフトの公開、提供を行い、実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り、当該ソフトの公開、提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。」

 

としています。無罪になったのは誠に幸いだったと思いますが、開発者の刑事被告人としての物理的・心理的負担は非常に重かったと推察され、また、刑事事件としての摘発が技術開発にもたらした萎縮効果や弊害が大きかったとの批判があります。

 

3. SNS型投資詐欺

昨年は、SNS型投資詐欺が問題になりました。SNS上で著名人になりすまして投資広告を配信して、SNSユーザーから金銭をだまし取るなどの手口です。SNSのプラットフォーム事業者(以下「SNS事業者」と言います)が著名人ニセ広告の削除等を適切に行っていないとして、名義や写真等を冒用された著名人がSNS事業者に損害賠償を求めて提訴しています。SNSサービスの提供や広告配信それ自体は適法な事業活動ですが、SNS事業者が配信広告のチェックを怠ったとされる場合や削除要請に応じないとされる場合には、SNS事業者が詐欺の幇助犯に問われることもあります。

 

この点、濱田新「SNS型投資詐欺とプラットフォーム事業者の幇助責任」法律時報96巻11号(2024年)86頁は、SNS事業者の幇助犯としての刑事責任について、以下のとおり整理しています。理論的には様々な議論があり得ると思いますが、この整理は実務的な感覚にも合致した、無理のない整理のように思います。

 

「プラットフォーム事業者が、投資詐欺広告に見られる具体的な特徴を、審査段階で確認していたにもかかわらず、それ以上の個別審査の対応をとらずに広告を掲載させた場合、作為による幇助が認められる。また、詐欺広告の掲載を予防し得る審査体制を整備せずに、広告配信サービスを提供した場合、作為による幇助にあたり得る。プラットフォーム事業者が詐欺広告の掲載を予防し得る審査体制を整備していたが、新たな手口により詐欺広告が審査をすり抜け、サービスが詐欺に利用されてしまったという場合には、作為による幇助の成立を認めることはできない。」

 

「なりすまされた被害者から、広告削除の申出を受け付け、プラットフォーム事業者が詐欺広告を認識したにもかかわらず、詐欺広告を放置し、その結果詐欺が実行された場合、プラットフォーム事業者の先行行為、場の管理・運営者としての地位を根拠に、削除義務を肯定し、不作為による幇助の成立を認めることは可能である。ただし、削除を怠ったといえる程度の放置期間は必要である。総務省は、プラットフォーム事業者に対し、なりすまされた被害者から削除の申出を受けてから遅滞なく(例:1週間以内)判断を行うことを要請している。この要請を踏まえると、削除の申出を受けてから1週間経過していない場合には、不作為による幇助の成立を認めるべきではないと解されよう。」

 

これはSNS型投資詐欺の場合の見解ですが、SNSやインターネット上の誹謗中傷の場合などにも同様の考え方が当てはまると思われます。つまり、SNS事業者や検索サービスの提供事業者らが、SNSやインターネット上の誹謗中傷に対して、未然防止のための適切な審査体制を備えていなかった場合や、削除要請に適切に対応しなかった場合には、これらの事業者は、名誉毀損・侮辱、脅迫・強要、業務妨害等の犯罪の幇助犯に問われる可能性があります。

 

SNSから離れますが、例えば、特殊詐欺グループが詐取金の受領やマネロンのために利用する銀行口座のいわゆる売買等についても、同様に考えて、銀行口座の悪用防止のための対応が不十分ですと、事実関係によっては銀行が詐欺の幇助犯に問われることもあり得ます。

 

このことは、詐欺に限らず、違法薬物の売買など他の犯罪でもそうです。銀行に限らず、暗号資産を取り扱う事業者、犯罪収益移転防止法の特定事業者らについても当てはまります。米国等では、マネロン防止体制が不十分だったため薬物等の違法取引に金融機関等が利用されたケース等では、当該金融機関等が再発防止措置等に加えて当局から制裁金を賦課される例も少なくありませんが、これも幇助犯としての処罰に類似する法執行であると思います。

 

ただし、日本では、幇助犯として処罰されるのは役職員個人となります。日本では、刑法犯については法人処罰はなく、特別法犯の場合の両罰規定の適用も名宛人限定型の義務規定・禁止規定では難しいだろうと思います。

 

4. 自社の製品・サービスの悪用防止に係る企業の社会的責任の高まり

以上のように、製品・サービスの悪用に対して、企業が自ら積極的に悪用を防止する措置をとらなければ、その役職員個人が幇助犯として処罰される可能性があり、今日、これは理論的な問題に過ぎないとも言えなくなっているように思います。

 

ESGや人権の問題に見られるように企業の社会的責任への期待は日増しに高まっており、法的手段を通じて企業に社会的責任の履行を強制する動きも目立つようになっています※6

 

※6 例えば、本田圭「気候変動関連訴訟の類型と最近の動向」NBL1270号(2024年)32頁以下参照。

 

ウィニー事件に関係するとされたネット上の著作権侵害もそうですが、SNS型投資詐欺や誹謗中傷対策、ネット上の虚偽情報への対策など、技術や社会の変化に伴って新たに発生することになった問題については、官と民との役割や責任の境界線等について、必ずしも明確な社会的合意の形成には至っておらず、むしろ、そうした境界線は溶け合うようになっていると思います。

 

マネロンやテロ資金対策との関係で、金融機関等は金融システム等が犯罪者に悪用されないように自らのコストをかけて「ゲート・キーパー」の役割を果たすべきであるという考え方は、今では完全に定着していますが、2001年9月11日の米国同時多発テロの際に、私が金融庁課長補佐としてテロ資金対策を担当したときには、国が責任を負っていることに対して、民間にどこまでの負担と協力を求めることができるのだろうか、という問題意識も強かったように思います。

 

今日では、自社の製品・サービスの悪用に対して企業が積極的に行動すべきは当然の責任であると一層明確に考えられるようになっています。企業がかかる責任を果たさず犯罪を放置するようなことがあれば、企業の役職員が幇助犯として処罰されることも今後はリアル・リスクとして考えるべき時代になっているかもしれません。

 

企業としては、顧客や取引先等のステークホルダーに対する社会的責任の観点からはもとより、役職員を守るためにも、自社の製品・サービスの悪用に対しては、悪用可能性の高低等に係るリスク分析、悪用情報の早期把握、関係当局との協力、悪用防止対策の履践などの対応体制を整備していく必要があると思います。

Ⅱ 危機管理の切り口から見る近時の裁判例(その6)

執筆者:勝部純

 

今回は、勝部純弁護士が、証券会社の従業員がインサイダー情報を「その者の職務に関し知った」とした2022年の最高裁決定、及び、従業員の行為がパワーハラスメントに該当すると認定した第三者委員会の調査報告書に基づいてなされた懲戒解雇について無効とした2022年の高裁判決を取り上げます。

 

1. 証券会社の従業員がインサイダー情報を「その者の職務に関し知った」(金融商品取引法167条1項6号)とされた事例(最決令和4年2月25日刑集76巻2号139頁)※7

 

※7 本最高裁決定及びインサイダー取引規制におけるモザイク情報と情報伝達に関する論点については、本ニューズレター2024年2月29日号(「インサイダー取引規制(内部者取引規制)をめぐる若干の論点」(執筆者:木目田裕)中の「4.モザイク情報と情報伝達」)もご参照ください。

 

(1)事案の概要等

本件は、証券会社の従業員甲(被告人)が、自分の担当案件ではなかったものの、社内の特定の部署でしかアクセスできないファイルを閲覧等し、あるインサイダー情報(公開買付けの実施に関する事実)を知って、公表前に、知人に対して利益を得させる目的で当該インサイダー情報を伝達したことが、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)167条の2第2項(未公表の重要事実の伝達等の禁止)に当たるか否かが争われた事案です。具体的には、同項は、一定の者(公開買付者等関係者)が公開買付け等を実施する事実を「その者の職務に関し」知って、他人に、公表前に買付け等をさせることで利益を得させる目的をもって伝達することを禁止しているところ、甲が当該事実を「職務に関し知った」(金商法167条1項6号)といえるか否かが争点となりました。

 

事実関係の概要は次のとおりです。C社は上場子会社であるD社を完全子会社化する方針を決め、証券会社A社との間で本件の公開買付け(以下「本件公開買付け」といいます。)の実施に向けたファイナンシャルアドバイザリー契約を締結し、A社の投資銀行部門であるF部が本件公開買付けに係る案件について対応しました。甲は、F部のジュニアであり、本件公開買付けに係る案件の担当ではありませんでしたが、同じくF部のジュニアで本件公開買付けに係る案件の実務担当者であった従業員Bと同じオフィス内で執務していました。

 

F部では、上司がジュニアの繁忙状況を把握できるようにするため、ジュニアは担当業務の概要をF部の共有フォルダ内の一覧表(以下「本件一覧表」といいます。)に記入しており、F部に所属する従業員であれば本件一覧表にアクセスできました。甲が本件一覧表を閲覧した際、Bの担当業務の欄には、本件公開買付けに関し、社名が特定されない形で、「親子上場解消、完全子会社化、親会社側FA」という記載や、本件公開買付けの公表予定日の記載がありました。また、甲は、BがF部のオフィス内で上司と電話で本件公開買付けに関する話をしていた際、不注意で顧客の社名として「C」と口にするのを聞き、本件公開買付けの公開買付者がC社である事実を知りました。

 

その直後、甲は、インターネット上でC社の有価証券報告書を閲覧してC社の上場子会社はD社のみであることを確認し、本件公開買付けの対象会社がD社であるという事実を知りました。

 

本件の第1審は、甲が本件公開買付けの実施に関する事実について「その職務に関し知った」として、有罪判決(懲役2年・執行猶予3年及び罰金200万円)を言い渡し、控訴審も第1審を支持しました。これに対して、甲は、原判決は公開買付けの実施に関する事実の一部を職務に関し知った場合にも金商法167条1項6号を適用できると解したものであり、このような解釈は、顧客に対して有用な情報を提供するため日常的に株式市場に関わる情報を収集分析するなどの業務を行っている証券会社の従業員にとって処罰範囲が不明確であり、同法の解釈を誤っているとして、上告しました。

 

(2)裁判所の判断

裁判所は、以下のとおり判示して、甲が公開買付けの実施に関する事実を「職務に関し知ったとき」に当たると判断しました。

 

F部に所属するA社の従業者であった甲は、その立場の者がアクセスできる本件一覧表に社名が特定されないように記入されていた情報と、F部の担当業務に関するBの不注意による発言を組み合わせることにより、C社の業務執行を決定する機関がその上場子会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をしたことまで知った上、C社の有価証券報告書を閲覧して上記子会社はD社であると特定し、本件公開買付けの実施に関する事実を知るに至ったものである。このような事実関係の下では、自らの調査により上記子会社を特定したとしても、証券市場の公正性、健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという金商法の目的に照らし、甲において本件公開買付けの実施に関する事実を知ったことが金商法167条1項6号にいう「その者の職務に関し知ったとき」に当たるのは明らかである。

 

(3)執筆者コメント

インサイダー取引に関し、重要事実や公開買付けの実施に関する事実(以下、総称して「重要事実等」といいます。)につき、「職務に関し知った」か否かの解釈については、未必的な認識で足りることを前提に、①職務に関しというためにはどのような経緯で情報を得る必要があるのかという問題と、②職務に関しどのような情報を得る必要があるのかという問題が含まれると指摘されています※8

 

※8 内藤恵美子「判解」法曹時報75巻4号190-191頁

 

①職務に関しというためにはどのような経緯で情報を得る必要があるのかという点については、職務上のアクセス権限を通じて重要事実等を知った事例では、情報を入手した具体的な閲覧行為が担当業務の遂行のために必要であったかを特に問題にすることなく、職務に関するものと判断される傾向が窺われ、また、所属する部署の分掌業務について、偶然他の役員等同士の会話を聞いて知った場合は、当該業務を具体的に担当していなくても職務に関し知ったといえると指摘されています※9

 

※9 前掲内藤192頁

 

この点、法人内で他の役員等が知った重要事実等が、同一法人内で何らかの形で伝わって知るに至ったという事情が必要であるという見解(情報伝達要件説)があり※10、裁判例においても情報伝達要件説を採っていると見られるものもありましたが※11、本件では、Bが甲に対して情報を伝達した事実はありませんので、本最高裁決定は情報伝達要件説は採らなかったと考えられます。

 

※10 黒沼悦郎『金融商品取引法〔第2版〕』436頁、470頁

※11 東京高判平成29年6月29日判時2369号41頁

 

②職務に関しどのような情報を得る必要があるのかという点については、投資者の投資判断に影響を及ぼすべき当該事実の内容の一部を知った者を含むとする見解などがあり、重要事実等の全容ないし詳細を知る必要があるとする見解は見当たりません※12

 

※12 前掲内藤196頁

 

本件では、Bからの情報だけでは本件公開買付けの対象会社がD社であると特定するには至りませんが、甲は、C社の上場子会社がD社しかないという一般に公開されている情報とBからの情報を組み合わせることにより、本件公開買付けの対象会社がD社であると特定しています。Bから得た情報は内部者でなければ知り得ない情報であり、また、この情報がなければ本件公開買付けを特定することはできないため、「職務に関し知った」といって差し支えないと考えられます。

 

本最高裁決定は、最高裁がインサイダー取引に関する「職務に関し知った」の要件について初めて判示したものとして注目され、また、役職員が職場内で把握した複数の情報を組み合わせた上で、自らの若干の調査でインサイダー情報を知るに至った場合でも、インサイダー取引規制違反に当たると判示した点で重要であるといえます。

 

また、本件では、証券会社の投資銀行部門において、担当外の従業員が、オフィス内での会話の盗み聞きや担当業務の一覧表の不適切な閲覧によってインサイダー情報を取得するに至っていますが、本最高裁決定の判断も踏まえ、特に市場に関係する企業においては、改めてインサイダー情報の取扱いに関する内部管理体制の整備や、役職員に対するコンプライアンス教育の徹底が求められるといえます。

 

2. 従業員の行為がパワーハラスメントに該当すると認定した第三者委員会の調査報告書に基づいてなされた懲戒解雇について、懲戒事由に該当しないとして無効とされた事例(高松高判令和4年5月25日判例時報2574号50頁)

(1)事案の概要等

社会福祉法人Y会が運営するリハビリセンター(以下「本件センター」といいます。)のセンター長であったXに関して、本件センター職員を自称する者から、本件センターの職員が大量退職した原因がXにあるとしてXに関する調査を求めるとともに、Y会が調査を行わない場合にはマスコミに訴えることを内容とした匿名の投書があり、これを受け、Y会が内部調査を実施し、Xによる複数職員に対するパワーハラスメントに関する報告資料が作成され、Y会の理事長によるXに対する退職勧奨が行われましたが、Xは応じませんでした。

 

その後、Y会の理事等から、第三者委員会による調査を実施し、その結論を理事会で慎重に審議すべきといった意見が出され、Y会は弁護士2名及び大学看護部教授1名による第三者委員会(以下「本件第三者委員会」といいます。)を設置しました。

 

本件第三者委員会は、Xのパワーハラスメントに関する被害申告をした者等に対するヒアリング、被害を受けたとされる職員が使用していたPCのハードディスク内のデータの検討等の調査を行い、調査報告書(以下「本件調査報告書」といいます。)を作成しました。本件調査報告書では、Xには複数の職員に対するパワーハラスメント行為が存在し、また、施設管理者としての適性には相当に問題があると結論付けられていました。

 

その後、Y会は、本件調査報告書において認定されたXの複数のパワーハラスメント行為が懲戒解雇事由に該当するとして、Xの懲戒解雇を行いました。

 

Xは、Y会に対し、本件の懲戒解雇は懲戒事由を欠き違法である等と主張し、Xが労働契約上の地位を有することの確認等を求め、原審(高知地判令和3年5月21日)は、Xの地位確認請求を認容していました。

 

(2)裁判所の判断

本件調査報告書では、Xによる職員4名に対する9つの言動についてパワーハラスメントに当たると認定・評価されていました。

 

例を挙げると、ある職員が施設利用者のパン実習を2回行っており、一定問題があったもののもう少し実習を続けてあげてよいかXに相談した際、Xが「なんでそもそも始めたのか」と詰問し、当該職員が「では、どうしたらいいんですか」と聞くと、Xが「それは自分で考えなさい」といい、夜勤明けに立位で30分間当該職員を責め、当該職員は目の前が暗くなり、机に座り込んだという事実が認定され、また、上記のXの言動は上司としてあるまじき暴言であって、上司としての権限を越権していることが明らかであり、パワーハラスメントに該当すると評価されていました。

 

しかし、原審は、当該職員に対する聞き取りが行われた時点で既に当該言動から8年が経過しているところ、詳細な聞き取りが可能であった理由が明らかではなく、また、前提となる事実関係に関する客観的な資料が存在するはずであるもののそのような客観資料に基づく裏付けがなく、本件調査報告書の信用性は限定的なものと解さざるを得ないとして、Y会の主張する事実を認定することはできず、パワーハラスメントに該当しないとし、他の8つの言動についても全てパワーハラスメント該当性を否定していました。

 

本高裁判決も原審の判断を支持し、本件調査報告書に基づいてなされたパワーハラスメントを理由とするY会によるXの懲戒解雇について、懲戒事由に該当せず無効としました。

 

なお、Xは、本件第三者委員会は公平性に強い疑義がある旨の主張も行っていましたが、この点について、本高裁判決は、本件第三者委員会を設置するか否か、設置する場合にその委員の構成をどうするかについては、Y会の広範な裁量に委ねられているといえ、選出された委員の専門領域等に照らしてもその選出の経緯に不自然な点は見当たらない上、本件第三者委員会がXに対してとった一連の手続保障の在り方においても公平性を欠くようなものは見当たらないと述べました。

 

(3)執筆者コメント

企業・従業員の不祥事調査において客観性・中立性を担保するために外部専門家による調査委員会が設置されることは多くありますが、懲戒解雇の効力が問題となる場面において、調査委員会の事実認定・評価やその手続上の相当性等が問題となった裁判例は少なく、その点で本高裁判決は実務上参考となると考えられます。

 

本件の事案では、本件第三者委員会によるパワーハラスメントの認定・評価が裁判所により全て覆される結果となっていますが、この種の事案の認定・評価の難しさが顕れていると思われます。調査委員会を設置する企業においても、調査委員会の結論に至る経緯を自らも検証した上、企業が採るべき対応について判断していくことが必要であることを示唆する事案であるといえます。

Ⅲ 最近の危機管理・コンプライアンスに係るトピックについて

執筆者:木目田裕、宮本聡、西田朝輝、澤井雅登

 

危機管理又はコンプライアンスの観点から、重要と思われるトピックを以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。

 

なお、個別の案件につきましては、当事務所が関与しているものもありますため、一切掲載を控えさせていただいております。

 

【2024年12月5日、同月27日】

金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024」の第2弾及び第3弾を公表

https://www.fsa.go.jp/news/r6/singi/20241205.html

https://www.fsa.go.jp/news/r6/singi/20241227.html

 

金融庁は、2023年1月に改正された企業内容等の開示に関する内閣府令によって、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されたことを踏まえ、同記載欄の開示の好事例の取りまとめとして、2024年12月5日に「記述情報の開示の好事例集2024(第2弾)」、同月27日に「記述情報の開示の好事例集2024(第3弾)」をそれぞれ公表しました※13

 

※13 「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」については、本ニューズレター2024年11月29日号(「金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表」)をご参照ください。

 

これらの事例集は、サステナビリティに関する各項目のうち、第1弾で開示例が紹介されていた「全般的要求事項」、「個別テーマ」といった項目に加え、「気候変動関連等」(第2弾)、「人的資本、多様性等」(第3弾)「人権」(第3弾)の各項目について開示例を紹介するなどしています。

 

本事例集については、今後、コーポレート・ガバナンスの概要や経営上の重要な契約等などの項目が追加される予定とのことです。

 

【2024年12月25日】

個人情報保護委員会、「個人情報保護法のいわゆる3年ごと見直しに関する検討会報告書」を公表

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/3nengotominaoshi/

 

個人情報保護委員会は、2024年12月25日、個人情報保護法の3年ごと見直しに関する検討会の報告書を公表しました※14

 

※14 個人情報保護委員会が公表した、「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しにかかる検討の中間整理」については、本ニューズレター7月31日号(「個人情報保護委員会、「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理」を公表」)をご参照ください。

 

本報告書では、個人情報保護法違反に対する制裁として課徴金制度を導入する必要性等を裏付ける社会的な事実(立法事実)が十分にあると言えるかどうかについては様々な意見が出たこと、課徴金制度を導入する場合には、過剰な規制となることを回避するとともに、適法な行為を萎縮させないために、課徴金納付命令の対象を種々の要件※15により限定することが考えられることなどが指摘されています。

 

※15 具体的には、課徴金納付命令の対象となる、違法な第三者提供等や、漏えい等・安全管理措置義務違反等といった行為について、対象行為(事態)を限定すること、行為者の主観的要素により限定すること、個人の権利利益が侵害された場合等に限定すること、大規模な違反行為が行われた場合等に限定することといった観点から限定をすることが考えられるなどの指摘がなされています。

 

また、本報告書では、適格消費者団体による差止請求※16について、差止請求権を適格消費者団体の権利として付与するとともに、差止請求の対象を拡大することが考えられると指摘しています。そのほかにも、本報告書では、現行の制度では、個人情報の漏えい等が発生した場合の慰謝料請求等は、被害回復手続※17の対象とならない場合が多く、立証上の問題も大きいといった課題があることなどが指摘されています。

 

※16 適格消費者団体と呼ばれる特定の団体が、不特定多数の消費者の利益を擁護するために、事業者の不当な行為の停止等を求めることができる制度を指します。

※17 適格消費者団体の一部である、特定適格消費者団体と呼ばれる特定の団体が、消費者に代わり裁判を通じて被害の集団的回復を求めることができる制度を指します。

 

【2024年12月25日】

金融庁、「『損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ』報告書」を公表

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20241225.html

 

金融庁は、2024年12月25日、「『損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ』報告書」を公表しました。本ワーキング・グループは、損害保険業界における保険金不正請求事案等を踏まえ、顧客本位の業務運営や健全な競争環境等を実現することにより、保険市場に対する信頼の確保と健全な発展を図るために必要な方策について検討を行うこととの金融担当大臣からの諮問を受けて設置されたものです。本報告書は、本ワーキング・グループの審議の結果として、以下の措置をとることが望ましいと指摘しています。

 

<顧客本位の業務運営の徹底に関する措置>

・大規模な乗合保険代理店※18自身に対して、体制整備義務を強化(法令等遵守責任者の設置等。)していくこと

・乗合保険代理店において、適切な比較推奨販売の確保を求めること

・保険会社に対して、保険金等支払管理部門と営業部門の分離等、保険代理店に対する適切な管理・指導等の実効性の確保を求めること

・損害保険分野における自主規制のあり方を整理し、その効果を検証した上で、損害保険分野における自主規制機関の要否を検討すること

 

※18 乗合保険代理店とは、2以上の所属保険会社等を有する保険募集人、すなわち、複数の保険会社から委託を受けている代理店を指します。

 

<健全な競争環境の実現に関する措置>

・保険仲介人※19制度の活用促進に向けた対応を行い、販売チャネルをより多様化させ、販売面での競争をより促進すること

・保険会社による保険契約者等への過度な便宜供与を禁止すること

・企業内代理店※20に関する規制を再構築し、あるべき姿を再構築すること

・損害保険会社の営業推進態勢や保険引受管理態勢に影響を与えてきた、火災保険の赤字構造の改善をすること

 

※19 保険仲介人とは、顧客から委託を受けて、保険会社から独立した立場から顧客に最もふさわしい保険商品をアドバイスする役割の人物を指します。

※20 企業内代理店とは、保険業以外の事業を営む企業と人的・資本的に密接な関係を有する保険代理店を指します。

 

【2024年12月25日】

東京都、カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)を策定

https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/plan/kasuharashishin/index.html

 

東京都は、2024年12月25日、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を公表しました。同指針(ガイドライン)の具体的な内容については、本ニューズレター2024年11月29日号(「東京都、『カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)(検討会議案)』及び『各団体共通マニュアル(素案)』を公表」)をご参照ください。

 

【2024年12月26日】

内閣府、AI戦略会議AI制度研究会中間とりまとめ(案)を公表

https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_kenkyu/5kai/5kai.html

2024年12月26日付け日本経済新聞夕刊

 

内閣府は、2024年12月26日、AI規制のあり方を議論するAI制度研究会の会合を開き、中間とりまとめ案を公表しました。AI制度研究会では、AIによる様々なリスクが顕在化している状況や、我が国はAIの開発・活用が進んでいないとの指摘を受け、AIの透明性など、適正性を確保し、AIの開発・活用を進める観点から、ヒアリングを含む議論が行われています。

 

本中間とりまとめ案においては、法令とガイドライン等を適切に組み合わせたり、個別の既存法令を活用することで、イノベーションの促進とリスク対応を両立させることや、AIガバナンスの形成に向けて議論リードすることで、国際協調を行うことが基本的な考え方として指摘されています。また、これらの実現を目指すAIに関する具体的な制度・施策の方向性として、政府の司令塔機能を強化し、戦略を策定することや、安全性の向上等を行うことが指摘されており、AIの研究開発・実装が最もしやすい国を目指し、速やかな法制度化が必要であると指摘されています。なお、2024年12月26日付け日本経済新聞夕刊の報道によると、政府は、2025年1月召集の通常国会での法整備を目指しているとのことです。

 

【2024年12月27日】

消費者庁、「公益通報者保護制度検討会報告書」を公表

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/review_meeting_004/

 

2024年12月27日、消費者庁は、「公益通報者保護制度検討会報告書」を公表しました。

 

本報告書の主な内容は以下のとおりです※21

 

※21 なお、公益通報者保護法の改正論議については、本ニューズレター2024年12月26日号(「公益通報者保護法の改正論議における刑事罰への過度の依存」)もご参照ください。

 

<公益通報者を探索する行為の禁止>

・法律上、正当な理由がなく、労働者等に公益通報者である旨を明らかにすることを要求する行為等、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止する規定を設けるべきである。正当な理由の例としては、通報者がどの部署に所属し、どのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ、通報内容の信憑性や具体性に疑義があり、必要性の高い調査が実施できない場合に従事者が通報者に対して詳細な情報を問う行為等が考えられる。

 

<公益通報を妨害する行為の禁止>

・法律上、事業者が、正当な理由なく、労働者等に公益通報をしないことを約束させるなどの公益通報を妨害する行為を禁止するとともに、これに反する契約締結等の法律行為を無効とすべきである。正当な理由としては、例えば、事業者において、法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して、当該法令違反の事実を事業者外部に口外しないように求めることなどが考えられる。

 

<公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止>

・公益通報を理由とする不利益な取扱いの禁止規定に違反した事業者及び個人に対して刑事罰を規定すべきである。ただし、刑事罰の対象となる不利益な取扱いは、不利益であることが客観的に明確で、かつ、労働者の職業人生や雇用への影響の観点から不利益の程度が比較的大きく、事業者として慎重な判断が求められているものとして、労働者に対する解雇及び懲戒に限定することが考えられる。

 

・公益通報を理由とする不利益な取扱いについては、悪質性の高さや社会的な影響の大きさを踏まえ、強い抑止力が求められていることから、行政命令を挟む間接罰ではなく、直罰方式が相当である。

・法人に対する刑事罰については、自然人と比較した事業者の資力格差、不正発覚の遅れによって事業者が得る利益や社会的被害の大きさ、行為の悪質性・社会的な影響等を踏まえ、法人重課を採用すべきである。

 

<公益通報を理由とする不利益な取扱いからの救済>

・民事訴訟において、解雇や懲戒について、「公益通報を理由とすること」の立証責任を事業者に転換すべきである。

 

・公益通報をした日から1年以内の解雇及び懲戒に限定して、「公益通報を理由とすること」の立証責任を転換すべきである。また、いわゆる2号通報※22及び3号通報※23については、事業者が公益通報があったことを知って、不利益な取扱いが行われた場合には、当該「知った日」を起算点とすべきである。

 

※22 権限を有する行政機関に対する公益通報(公益通報者保護法3条2号、2条1項本文、6条2号)

※23 その他の事業者外部への公益通報(公益通報者保護法3条3号、2条1項本文、6条3号)

 

<通報主体や保護される者の範囲拡大>

・公益通報の主体に事業者と業務委託関係にあるフリーランス(法人成りしているフリーランスの場合はその役員である個人)及び業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスを追加し、フリーランスが公益通報者保護法3条1項各号に定める保護要件を満たす公益通報をしたことを理由として、事業者が当該フリーランスに対して、業務委託契約の解除、取引の数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他の不利益な取扱いを行うことを禁止すべきである。

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