(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2024/11/29号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

I 危機管理の切り口から見る近時の裁判例(その5)

執筆者:寺西 美由輝、内田 治寿

 

今回は、寺西美由輝弁護士が、民間企業の役員等が同企業と共同研究を実施した国立大学の教授に供与した利益について、贈賄罪の成立を否定した2020年の大阪高等裁判所の判決を、内田治寿弁護士が、海外進出のための製造機械の購入及び自らの報酬増額の決定をした代表取締役の善管注意義務違反を認めた2021年の東京高等裁判所の判決を、それぞれ取り上げます。

1 民間企業の役員等が、同企業との共同研究を実施した国立大学の教授に供与した利益について、賄賂に当たるとして贈賄罪の成立を認めた第1審判決を破棄し、無罪を言い渡した事例(大阪高判令和2年6月17日判例時報2559号60頁)※1

 

1 本件、大阪地判令和4年2月22日LEX/DB文献番号25572073及び大阪高判令和5年3月9日LLI/DB判例番号L07820110については、本ニューズレター2024年10月31日号(国公立大学・公的機関の研究開発における贈収賄と「不器用な刑事司法」)もご参照ください。

 

(1)事案の概要等

本件は、株式会社Aの常務取締役及び営業部長であった被告人2名が、株式会社Aと国立大学の教授Pが実質的に管理する株式会社B※2の間で締結された技術指導契約に基づき、株式会社Aから教授Pに行われた技術指導料の支払について、贈賄罪が成立するとして起訴された事案です。株式会社Aは、上記技術指導契約を初めて締結した翌年からは※3、技術指導契約とは別に、教授Pの研究室との共同研究を行うことについて、株式会社Bとの間で委託研究契約も締結して、同契約に基づく研究費用の支払も行っていました。

 

※2 教授Pが取締役を務め、Pの妻が代表取締役を務める株式会社。第1審判決は、(教授Pと株式会社Bは)「ほぼ一体である」と認定しています。

 

※3 初回の契約では期間は半年、その後の契約では期間は1年と定められています。

 

第1審判決(大阪地判平成30年9月19日判例時報2559号74頁)は、技術指導の内容が、共同研究の実験と密接に関連するものである等の理由から、技術指導料(の一部)と教授Pの職務である実験に関する指導との間には対価関係があり、技術指導料は共同研究の実施に関する謝礼等の趣旨を含むと認められるとして、贈賄罪の成立を認めました。

 

(2)裁判所の判断

大阪高等裁判所は、主に以下の理由を示し、第1審判決には賄賂でないものを賄賂と認めた事実誤認があるとして破棄した上で、被告人両名に無罪を言い渡しました。

 

・教授Pの指導は、自身の研究室に属する学生らに対する、大学教授としての職務そのものとしてのものと、株式会社Aに対する私的な技術指導契約に基づくものとが併存していたとみるのが自然であり、後者は技術指導契約の範囲内にあるものと認められるから、教授Pの大学教授としての職務そのものとは区別されるべきである。

 

・大学教授の職務が、調査研究という一般の公務員と異なる性質を有することからすれば、原則として、民間から報酬を受け取って指導したとしても、本来の大学における研究や指導という公務について公正を害し、また公正に対する信頼を損なうことはないと考えられる。

 

・民間企業の依頼を受け、その製品開発に関し、自らの専門的知識を活かして助言・指導するなどして協力することは,本来大学教授の職務に属さないから、その労に報いるのに相当と認められる金額を報酬・対価として授受することは、賄賂の問題を直ちに生じないと考えられる。

 

・実体のある職務外活動に関し適法な趣旨で供与された金員については、「公務員の職務に関し有利かつ便宜な取り計らいをしてくれたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨」といった不正な報酬、すなわち賄賂と認定することには慎重でなければならず、単に対価性があるからというだけで、不正なものであることが推認される、ましてやみなされるといった認定は許されないものと考える。賄賂であることを認定するには、本来の意味に従い、報酬の不正さを基礎付ける事情が、対価性とは別に認められることが必要であると解される。

 

・株式会社Aが支払った技術指導料(の一部)と、教授Pが行った実験に関する指導との間には対価関係があるが、実験に関する指導は、職務と私的な技術指導との二面性を有するため、その職務性には疑問が存する。しかし、その疑問点をひとまず措いて、仮に技術指導料(の一部)と職務との間に対価関係が認められるのだとしても(報酬支払の目的、事実経過、技術指導料の金額の相当性等に照らし)、不正な報酬であることを基礎付ける事情は認められない。

 

(3)執筆者コメント

国立大学の教授は、刑法の適用については公務員とみなされるため※4、民間企業の役職員が国立大学教授の職務に関して賄賂を供与した場合、贈賄罪が成立します。

 

※4 国立大学法人法第19条参照。

 

賄賂とは、公務員の職務行為の対価として授受等される不正な利益をいい※5、従前の裁判例では、利益と職務との対価性が肯定された場合には、これが不正の利益に当たるとして賄賂性が肯定されてきました※6

 

※5 山口厚『刑法各論』633頁(有斐閣、第3版、2024)参照。

 

※6 冨川雅満「判批」刑事法ジャーナル67号146頁、150頁(2021)参照。

 

これに対し、本判決は、教授Pへの報酬の支払について賄賂性を認めるためには、教授Pの職務と単に対価性があるというだけでは足りず、それとは別に不正さを基礎付ける事情が必要であるという判断構造を示したという点で、注目されます※7、8。これまで利益の不正性の有無が独立に論じられてこなかった理由は、職務と利益が対価関係にあることが、その利益の不正性、すなわち賄賂性を基礎付けることから、授受された利益が「不正」といえるかを独立に論じる必要はないと解されてきたからであると考えられます※9

 

※7 冨川・前掲注6)150頁参照。

 

※8 本判決も、賄賂性に関する検討の冒頭で、「一般に、賄賂とは、公務員の職務に対する不正な報酬であり、「不正」すなわち社会通念上受領することが許されない性質の報酬であることが必要と解されつつも、他方で、公務員がその職務の対価を受領することは原則として許容されないから、一般的には職務との対価性が認められれば、不正の利益に該当すると考えられているところである。」と指摘しています。

 

※9 橋爪隆「研究職公務員に対する贈収賄罪について」山口厚古稀『山口厚先生古稀祝賀論文集』551頁、564頁(有斐閣、2023)参照。

 

本判決が、このように対価性とは別に利益の不正性を要求する判断構造を示した背景には、産学連携の政策理念のもとに、大学教授の専門的知識を民間企業に振り向けることの許容性と有用性に加え、国立大学教授などの研究職公務員については、その職務としての研究、教育と、職務外の私的な活動としての執筆、講演、指導等が、いずれも同じ専門的知識を活かしてなされるものであってテーマや内容が重複するため、研究職公務員としての職務の範囲を明確に捉えることが難しいという問題意識があると考えられます。

 

この点については、研究職公務員が、その職務の一環と思われる著述・出版・講演等に対して報酬を得ることは日常的に行われているものの、伝統的にこのような金銭の授受が賄賂罪を構成するとは考えられていないことからすると、このような行為はあくまで私人としての行為とみなされていることになるのではないかとの指摘がなされています※10

 

※10 匿名記事「判批」判時2559号60頁、61頁(2023)参照。

 

本件では、研究職公務員の職務としての共同研究を行う委託研究契約と、私的な技術指導契約とが併存していたという事情があり、共同研究の一環としての実験についての技術指導は、まさに両契約が重なり合う部分に属する行為であると思われ、当該行為が研究職公務員としての教授Pの職務といえるかの判断がいっそう困難な事例であったと考えられます。

 

本判決は、株式会社Aが支払った技術指導料(の一部)と、教授Pが行った実験に関する指導との間に対価関係があることを認めた上で、実験に関する指導の職務性の有無は保留しつつ、仮に技術指導料(の一部)と職務との間に対価関係が認められるのだとしても、不正さを基礎付ける事情がないため賄賂性が否定される、との結論を示しました。

 

本判決のように、あえて賄賂性(利益の不正性)という別個の要件を立てて検討する裁判例については、贈収賄罪が問題としている対価性を実質的に欠いているとして、対価性の問題と整理することもできるとの指摘もありますが※11、いずれにせよ、本判決は、民間企業の役職員が国立大学教授等の研究職公務員から技術指導を受ける場合や、共同研究を行う場合に、報酬の支払について贈賄罪が成立するか否かの判断において、報酬支払の目的、事実経過、技術指導料の金額の相当性等が考慮要素となり得ることを示した裁判例として、参考になると思われます。

 

※11 橋爪・前掲注9)569頁参照。

 

もっとも、事実関係の評価には難しい面があり、実際に、本判決後に出された別の裁判例では、研究所の代表理事と市立市民病院の医師との共同研究契約に基づく当該医師への20万円の支払が贈収賄罪に該当するのかについて、第1審※12と第2審※13とで支払の趣旨について職務対価性の判断が分かれ、第1審は賄賂性を否定、第2審は賄賂性を肯定しています。

 

※12 大阪地判令和4年2月22日LEX/DB文献番号25572073。

 

※13 大阪高判令和5年3月9日LLI/DB判例番号L07820110。

 

民間企業においては、このような贈賄罪の疑義を生じさせないためには、研究職公務員に対して支払を行う場面では、その支払が契約に基づく支払であっても、契約内容によっては贈賄罪成立の疑義を招くリスクがあることに注意すべきであり、契約締結の段階において、契約の対象に研究職公務員の職務に該当する行為が含まれているか否かを明確に意識しておくことが必要です。

 

そして、契約の対象に研究職公務員の職務に該当する行為が含まれている場合には、民間企業は研究に必要な範囲の費用のみを支払う※14こととした上で、(契約の対象に研究職公務員の職務に該当する行為が含まれているか否かにかかわらず)報酬金額の相当性を裏付ける事情(算定根拠やプロセス等)を記録化する、契約締結後に報酬に見合う指導等を実際に受けているかを確認する等の対応が考えられます。判断に悩む場合には、あらかじめ贈賄罪等の該当性について弁護士に相談したり、意見書を取得したりすることなども有用と考えられます。

 

※14 研究費としての支払といえるかについては、当該研究の遂行に実質が伴っているか、研究費が実際に当該研究の経費に充当されているか、研究経費として相当な範囲にとどまっているかなどの観点から実質的に判断されるべきであるとされています。(橋爪・前掲注9)570頁参照。)

 

2 海外進出のための製造機械の購入及び自らの報酬増額の決定をした代表取締役の善管注意義務違反が認められた事例(東京高判令和3年9月28日判例時報2539号66頁)

(1)事案の概要等

本件は、原告(自動車の警報機(クラクション)等の製造及び販売等を目的とする株式会社)が、被告(原告の元代表取締役)に対し、主に以下の点を理由に損害賠償請求をした事案です※15

 

※15 このほかに、原告は、売買契約に基づき、原告が被告に売却した自動車の代金150万円及びこれに対する遅延損害金の支払等を求めています。

 

①被告が、ベトナムに原告の100%子会社(以下「ベトナム子会社」といいます。)を設立し、ベトナム子会社のために製造機械(以下「本件機械」といいます。)を購入した行為について、(ⅰ)被告は、これらの行為が、取締役会の承認が必要な「重要な財産の譲受け」(会社法362条4項1号)等に該当するにもかかわらず、取締役会の承認を得なかった上、(ⅱ)被告は、本件機械購入に先立ち、原告の大口受注先である甲株式会社(以下「甲社」といいます。)から、ベトナム進出について慎重に検討するよう求められており、取締役会にて協議を行い、本件機械の発注を少なくとも留保すべき注意義務があったのにこれを怠ったため、善管注意義務に違反する(本件機械の購入額相当額等の支払請求。以下「本件請求(1)」といいます。)。

 

②被告が、自身の取締役報酬を増額して受領していたことが善管注意義務に違反する(報酬増額分相当額等の支払請求。以下「本件請求(2)」といいます。)。

 

原判決(長野地上田支判令和2年3月30日判例時報2539号84頁)は、本件請求(1)について、本件機械の購入は、取締役会の承認が必要な「重要な財産の譲受け」(会社法362条4項1号)に該当するにもかかわらず、取締役会決議はなく、被告の任務懈怠が認められるとして請求を一部認容しました。また、本件請求(2)については、人証調べ手続の終了後、最終準備書面の提出直前に、追加された(「訴えの追加的変更」といいます。)ものであることから、民訴法143条1項ただし書※16に該当することを理由に、訴えの追加的変更を認めず、実質的な判断はしませんでした。このため、原告、被告双方が控訴し、原告は、本件請求(2)について改めて訴えの追加的変更を行いました。

 

※16 民訴法143条1項は、「原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。」と定め、著しく訴訟手続を遅滞させることとなる場合には、訴えの変更を許さないこととしています。

 

(2)裁判所の判断等

東京高等裁判所は、主に以下の理由から、本件請求(1)及び本件請求(2)をいずれも認容しました。

 

ア 本件請求(1)について

・原告の取締役会は、原告がベトナムに進出するという総論的な方針を了承したものの、ベトナム進出については、事前に大口受注先である甲社に報告し、その了承が得られることを当然の前提条件としていた。

 

・しかし、原告のベトナム進出について甲社からは了承は得られず、むしろベトナムに進出しても、ベトナム子会社で製造する製品を甲社が購入する見込みが極めて小さいことを強く示唆する反応を示されたのであって、本件機械の購入を発注した時点において、上記取締役会の了承の前提条件は満たされていなかった。被告としては、このような、収益予測が大きく変わり得る重大な事実が発生した以上、ベトナム進出に向けた準備を凍結し、取締役会を開催して、状況を説明し、議論を尽くす必要があった。

 

・それどころか、原告の大口受注先である甲社からは、ベトナム進出より、国内製造品に関する原告の技術レベルの改善等を強く要望され、一定の期限までに技術レベルの改善がなければ、取引打切りの可能性も言及されている状況であり、原告にとっては、ベトナム進出への消極的意見を含む甲社の要望等はいかなる案件にも優先して緊急に取り組むべき最重要課題であった。

 

・以上の経緯からすれば、被告は、遅くとも甲社から上記要望等を受けた時点においては、直ちに取締役会を開催して報告や対応策の協議等を行うとともに、ベトナム進出の計画についても、取締役会における十分な議論を改めてすべきであり、その結論が出るまで、ベトナム進出に関する具体的な準備作業を一時中止すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。

 

イ 本件請求(2)について

・原告においては、株主総会で取締役の報酬の年間総額が定められ、各取締役の報酬額の決定は取締役会に一任されており、さらに、取締役会決議により、この決定は代表取締役に再委任されていた。原告の代表取締役であった被告は、自らを含む取締役の報酬額を決定するに当たり、委任の趣旨に従ってその権限を適切に行使する注意義務を負っていた。

 

・原告は、営業利益が毎年赤字であり、代表取締役の報酬を約1年の間に2回にわたり各25%程度も増額するような業績の向上等があったとは認められない。

 

・また、被告は、取締役会において各取締役の報酬を明らかにしないとの見解を明確に示した上で、その翌月から、上記のような経営状況等にあったにもかかわらず、自らの取締役報酬を大幅に増額したものであり、適切なガバナンスが効きにくい状況を作出した上でこれを利用して自らの報酬額を増額したものである。しかも、他の取締役の報酬増額と比べて、被告の報酬増額は、増額金額からみても、増額率からみても多く、お手盛りの色合いの濃いものである。

 

・被告が自らの報酬額を増額したのは、被告が売主から原告の株式を買い取るために銀行から借りた借入金の弁済に充てるためであり、経済的には、原告の出捐により被告が株式を取得するものであった。被告は、自己が原告の株式を取得するに当たり、取締役会に対して、浮いた原告の資金を設備投資に回したいなどと説明していたが、経済的実態は上記のとおりであり、他の取締役らを積極的に誤信させるものであった。また、当初、原告が株式を買い取ることで協議が進んでいたが、被告は、これを妨害するなどしており、その背信性は強い。

 

・以上によれば、被告による報酬額の増額は、取締役としての善管注意義務に違反する。

 

(3)執筆者コメント

株式会社の取締役は、その職務を遂行するにつき、「善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務」、すなわち善管注意義務を負っています(会社法330条、民法644条)。本件は、善管注意義務違反を理由に、取締役に対する損害賠償請求が認められた事案という特徴があります。

 

ア 本件請求(1)について

本件のベトナム進出のための機械購入のような経営上の判断については、経営判断の専門性及び総合性に鑑み、取締役の行動を萎縮させる事後的な評価は差し控えるべきという観点から、取締役に広い裁量が認められております(「経営判断の原則」と言われます。)。もっとも、経営判断の原則の下に認められる裁量も無制限のものではなく、取締役が、取締役会の決議等の機関決定やルールに反する職務遂行をしたような場合には、裁判例においても、善管注意義務違反が肯定されています※17

 

※17 田中亘「判批」ジュリスト1588号105頁、106頁(2023)。

 

本判決は、取締役会は、ベトナム進出に関して、大口の取引先であった甲社の了承を得ることを当然の前提として、総論的な方針を了承したにもかかわらず、甲社の了承が得られていないのに(むしろ、甲社からは消極的な意見を述べられ、取引の打切りを示唆されたのに)、本件機械の購入を進めるなどしたことに善管注意義務違反を認めており、上記のとおり取締役会決議等に反する職務遂行について、善管注意義務違反を認めた一事例と考えられます。取締役としては、自身の業務執行が取締役会の決議等の過去の機関決定に反するものではないかに十分に留意する必要があるといえるでしょう。

 

また、本判決は、甲社の了承を得るという前提条件を満たしていないことに加えて、甲社から取引の打切り等を示唆され、原告にとって技術レベルの改善が最重要課題となっていたこと等も、被告が、直ちに取締役会を開催して報告や対応策の協議等を行うべき義務の根拠として挙げているため、取締役会に上程等すべき事項の考え方として参考になります。

 

なお、原審は、本件機械の購入が会社法362条4項1号にいう重要な財産の譲受けに該当することを理由に、被告に対する損害賠償請求を認めていますが、本判決は、同号該当性については判断を示していません。上記のとおり、取締役会決議等に反する職務遂行という点に善管注意義務違反が認められるため、あえて言及する必要がなかったのかもしれません※18

 

※18 原審は本件機械の価額が原告の資産合計の約1.5%に当たることを主な理由として重要な財産に当たると認めているところ、最判平成6年1月20日判例時報1489号155頁(帳簿価額が会社の総資産額の約1.6%に当たる他社株式の譲渡について、重要な財産の処分に当たらないとした原判決を審理不尽の違法があるとして破棄差し戻した事案)に照らし、本件機械の価額のみで重要性を肯定できるかは微妙であり、重要な財産の該当性についてあえて判断することは避けたとする見解もあります(田中・前掲注17)107頁)。

 

イ 本件請求(2)について

取締役の報酬に関しては、株主総会では取締役全員の報酬総額の上限を定めるにとどめ、個々の取締役の報酬額の決定を取締役会に一任する例が多く見られます。また、取締役会において、(株主総会から委任を受けた)個々の取締役の報酬額の決定を特定の取締役に再一任することも適法と考えられていますが※19、再一任をされた取締役は、取締役の報酬額の決定について善管注意義務を負うと考えられています※20

 

※19 落合誠一編『会社法コンメンタール8-機関(2)』166-167頁〔田中亘〕(商事法務、2009)。

 

※20 落合編・前掲注19)165-166頁〔田中亘〕。

 

取締役の報酬額の決定が善管注意義務違反になる基準について、東京地判平成30年4月12日金融・商事判例1556号47頁は、「本件報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、本件報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反により責任を負うことはない」と判示し、取締役に広い裁量を認めていました。

 

本判決は、取締役の報酬額の決定が善管注意義務違反になる基準を示していませんが、取締役の報酬増額は「明らかに不合理」であるとも判示しており、取締役の報酬額の決定に広い裁量が認められるとしても、善管注意義務違反が認められる事案であることを示唆しているように思われます。

 

本判決を踏まえると、取締役の報酬額の決定については、会社の業績に照らして過度に取締役の報酬を増額すること、合理的理由なく一部の取締役の報酬を他の取締役より大幅に増額すること、報酬額の決定に関して他の取締役らに対して誤信させるような説明をすることがないよう注意すべきと考えられます。また、取締役による報酬額の決定が違法とされるリスクを下げるため、取締役の報酬支給基準を事前に定めたり、報酬の決定を(再一任された取締役ではない)他の取締役がチェックしたりする仕組みを導入することも有効であると考えられます※21

 

※21 この点、白井正和「判批」商事法務2297号52頁(2022)は、内規等で役職別の支給基準の大枠が定まっていたり、再一任を受けた代表取締役以外の取締役によるチェック機能が働いていたりするなどして、再一任を受けた代表取締役による報酬額の決定が恣意的になされることを防止する仕組みが設けられている場合は、裁判所は、その決定の適否について、経営判断原則と同様の判断枠組みを用いて審査してよいが、そうでない場合は、より厳しい判断基準を用いるべきであるとの見解を述べています。

 最近の危機管理・コンプライアンスに係るトピックについて

執筆者: 木目田 裕、宮本 聡、西田 朝輝、澤井 雅登

 

危機管理又はコンプライアンスの観点から、重要と思われるトピックを以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。

 

なお、個別の案件につきましては、当事務所が関与しているものもありますため、一切掲載を控えさせていただいております。

 

【2024年10月28日】

東京都、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)(検討会議案)」及び「各団体共通マニュアル(素案)」を公表

https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/plan/kasuhara_kaigi/02/index.html

 

2024年10月28日、東京都に設置された、カスタマーハラスメント防止ガイドライン等検討会議は、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)(検討会議案)」(以下「本指針案」といいます。)及び「各団体共通マニュアル(素案)」を公表しました。

 

2024年10月に成立した東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(2025年4月1日施行。以下「本条例」といいます。)は、カスタマー・ハラスメントの禁止(4条。ただし、罰則なし。)、事業者のカスタマー・ハラスメント防止に関する努力義務(9条及び14条)等を定めるとともに、東京都がカスタマー・ハラスメントの内容、顧客等、就業者及び事業者の責務等に関する指針を定めるとしております(11条)。本指針案は、かかる規定に基づき策定されたものです。

 

また、「各団体共通マニュアル(素案)」は、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例14条等※22に基づき、各業界団体においてカスタマー・ハラスメント防止のためのマニュアルを作成する場合の共通事項や作成のポイントをまとめたものです。

 

※22 本条例14条は、「カスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針に基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」と定めています。

 

本指針案では、例えば、本条例が、①顧客等から就業者に対し、②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、③就業環境を害するものをいうと定めるカスタマー・ハラスメントの定義(2条5号)について、以下のとおり述べており、参考となります。

 

・①から③の要素を全て満たさない場合でも、「著しい迷惑行為」は、「刑法等に基づき処罰される可能性や、民法に基づき損害賠償を請求される可能性がある」。

 

・本条例2条4号は、②の「著しい迷惑行為」について、「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいう。」と定めるが、この「暴行、脅迫その他の違法な行為」とは、「暴行、脅迫、傷害、強要、名誉毀損、侮辱、威力業務妨害、不退去等の刑法に規定する違法な行為のほか、ストーカー規制法や軽犯罪法等の特別刑法に規定する違法な行為」をいい、「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」とは、「客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるもの」をいう。

 

・労働時間内だけではなく、「労働時間外の就業者又は定まった労働時間がない就業者が受けた、その業務遂行に影響を与える顧客等からの著しい迷惑行為」も、②の「その業務に関して」の要件を満たす。

 

【2024年11月8日】

金融庁、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」を公表

https://www.fsa.go.jp/news/r6/singi/20241108.html

 

金融庁は、2024年11月8日、2023年1月に改正された企業内容等の開示に関する内閣府令によって、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されたことを踏まえ、同記載欄の開示の好事例を取りまとめ、「記述情報の開示の好事例集2024(第1弾)」として公表しました※23

 

※23 昨年度の事例集については、本ニューズレター2024年1月31日号(「金融庁、「記述情報の開示の好事例集2023」を公表」)をご参照ください。

 

本事例集は、サステナビリティに関する「全般的要求事項」、「個別テーマ」の各項目について開示例を紹介するなどしています。

 

本事例集は、2024年の「第1弾」とされており、今後、気候変動等や人的資本などの項目が追加される予定とのことです。

 

【2024年11月12日】

日本監査役協会、「『監査役会等の実効性評価』の実施と開示の状況」を公表

https://www.kansa.or.jp/news/post-13725/

 

日本監査役協会は、2024年11月12日、「『監査役会等の実効性評価』の実施と開示の状況」を公表しました。本報告書は、日本監査役協会のケース・スタディ委員会が、2024年に会員上場会社を対象に実施したアンケート調査の結果をもとに、上場会社における監査役会等の実効性評価※24や監査活動の振り返り※25の実施状況、実施内容について取りまとめたものです。

 

※24 本報告書においては、監査役会等の実効性評価とは、「当期の監査役会等の構成・運営や各監査役等の監査活動等の実績について、チェックリストを用いるなど各社適宜の方法により網羅的に評価して、次期の監査計画への反映及び識別された課題の改善につなげる一連の活動であり、監査役会等の実効性向上とステークホルダーからの信頼の獲得を目的とした『実効性評価』と称するもの」を指すとされております。

 

※25 本報告書においては、監査活動の振り返りとは、「実効性評価には至らない監査活動の振り返りやレビュー」を指すとされております。

 

本報告書によると、全体の19.7%、プライム市場上場会社の26.2%が監査役会等の実効性評価を実施しており、全体の41.8%、プライム市場上場会社の40.5%が監査活動の振り返りを実施していました。

 

また、実施方法は、監査役会等の実効性評価については、監査役を対象としたアンケートや、監査役会での意見交換や議論が多く、監査活動の振り返りについては、監査役会での意見交換や議論が最も多いとされています。そして、評価項目としては、監査役会等の実効性評価や監査活動の振り返りのいずれについても、①監査役会の開催回数、審議時間など、②会計監査人との連携、意見交換、情報共有など、③内部監査部門との連携、意見交換、情報共有など、④代表取締役等との意見交換・提言・助言等が上位の項目であるとされています。

 

 

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