〈実話〉「辞めたら損害賠償請求してやる」労働者に1,270万円以上請求した企業…“まさかの返り討ち”にあい、撃沈【弁護士が解説】

〈実話〉「辞めたら損害賠償請求してやる」労働者に1,270万円以上請求した企業…“まさかの返り討ち”にあい、撃沈【弁護士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

「辞めたら損害賠償請求してやる」という脅し文句を使って退職妨害をする会社はよく見聞きする。実際に請求される事案は稀なのだが、その損害賠償請求自体が不当訴訟であるとして、逆に損害賠償義務を負わせた裁判例がある。本稿は弁護士の明石順平氏が、そんな珍しい裁判例(横浜地裁平成29年3月20日判決)を知見をもとに解説する。

「辞めたら損害賠償」を実行した実例

労働者であるAさんは、双極性障害を理由に退職した。これに対し、会社は、双極性障害が退職のためについた嘘であった上に、就業規則に違反して業務の引継ぎを行わなかったとして、1,270万5,144円もの損害賠償を求める訴訟を起こしたのである。

 

Aさん側は、この損害賠償請求自体が不法行為であり、精神的損害を被ったとして、逆に会社側に対し、330万円を求める反訴を提起した。裁判所は、会社の請求は棄却し、逆に会社に対し、Aさんへ110万円を支払うよう命じる判決を出した。

 

まず、裁判所は、Aさんが実際にうつ病の診断を受けていたことや、会社に訴訟を提起された後に入院し、さらに自殺まで図ったこと等から、双極性障害が嘘ではなく、Aさんの退職に違法性は無いとした。また、会社が主張した損害(取引先からの失注が大半を占めた)については、そもそもAさんの退職と因果関係が無いとした。

 

Aさんの退職は違法でもないし、それによって会社が主張するような損害が生じ得ないことは分かっていたにもかかわらず、Aさんの月収の5年以上に相当する1,270万5,144円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして、裁判所はこれを違法と認定した。

 

そして、この不当な訴訟提起によってAさんが自殺未遂をするまで追い込まれたこと等をふまえ、精神的損害を100万円と認定し、そこに弁護士費用相当分(通常、損害額の1割が弁護士費用として認定される)を加え、110万円をAさんに支払うよう命じる判決を下したのである。

 

声高に権利を主張していた会社…。しかし、「辞めたら損害賠償請求」を実際にやってみたら、返り討ちに遭ったという極めて珍しい例である。

退職の自由は非常に強い権利

ここで退職のルールを確認しておくと、期限の定めのない雇用契約の場合、2週間前に予告すれば契約は終了する(民法627条1項)。特に理由はいらない。有期雇用契約の場合、やむを得ない事由があるときは、直ちに契約を解除できる(民法628条)。長時間労働で体がもうもたないとか、ひどいハラスメントを受けているといった理由がある場合は、やむを得ない事由があると言ってよい。なお、期間の定めがある場合でも、契約の初日から1年経過後は、いつでも退職できる(労働基準法附則137条)。

 

憲法は奴隷的拘束を禁止し(憲法18条)、職業選択の自由(同22条)を補償している。退職の自由はこれに由来する極めて強い権利である。会社の退職妨害に屈する必要は無い。堂々と退職してよい。

 

なお、退職妨害をしてくるような会社はたいていブラック企業であり、ブラック企業は残業代を払っていないことがほとんどである。したがって、退職するならついでに残業代請求した方がよい。私が担当した事件の中にも、退職前から相談を受けて受任し、退職の連絡をすると共に残業代を請求して回収したものがある。これは特に珍しいものではない。

 

その際に必要なのは証拠である。ブラック企業は残業代請求を封じるためにあえて労働時間の記録を残さないことが多々あるので、自分で労働時間を記録することが基本である。労働時間を記録するアプリ、出勤退勤時の自分宛メール、グーグルタイムライン、パソコンのログ等、客観的な証拠ほど証明力が高い。きちんと記録して備えておけば後悔しないで済むので、面倒でも記録しておくことが重要だ。

 

 

弁護士

ブラック企業被害対策弁護団所属

明石順平

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