(※写真はイメージです/PIXTA)

母を亡くしたある男性は、残された遺言書の不平等なその内容に愕然。しかし、兄弟のためと思い、自分を納得させます。しかし、遺言書の問題はそれだけではありませんでした。数年前に立て直したアパートの負債の行方にまつわる、大きな問題をはらんでいたのです。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

想定外だった「公正証書遺言書」の存在

今回の相談者は、50代会社員の井上さんです。亡くなった母親が遺した公正証書遺言の内容で困っていると、筆者のもとへ相談に訪れました。

 

井上さんの父親は10年前に亡くなっており、そのときの相続では、遺産のすべてを母親が相続し、子どもである井上さんと井上さんの妹は、なにも相続しなかったかたちです。

 

「父は地主の二男でそれなりの財産を持っており、母はそっくりそれを相続しました。そのため母の老後生活は、比較的余裕があったと思います」

 

亡くなった母親の遺産の内容は、自宅、賃貸アパート1棟、預貯金、生命保険等で、総額2億円程度です。

 

井上さんは、父親の相続で資産内容をだいたい把握していましたが、母親が亡くなったときには、妹と話し合って適当に分ければいいと思い、あまり深く考えませんでした。

 

「驚いたことに、母親は公正証書遺言を遺していたのです。これはまったくの想定外でした…」

 

遺言書によると、井上さんが相続するのはアパートのみ、妹には自宅不動産と金融資産のすべてという内容でした。井上さんが相続するアパートより、妹が相続する自宅のほうが評価がずっと高いうえ、それプラス預貯金があります。井上さんと妹の相続財産の割合は3:7程度で、かなり偏った分割です。

 

「遺言書の内容に、腹が立たなかったといったらウソになります。ただ、私は自宅も購入していますし、アパートなら家賃収入も得られます。母はきっと、同居していた独身の妹の今後を案じたのだろうから、実家の不動産と現金がいくのは仕方ないと思ったのですが…」

老朽化アパートの建て替えで、遺言書の内容に「齟齬」

じつは、母親が公正証書遺言を作成したのは、父親を亡くした翌年でした。しかしその後、母親は不動産会社の勧めで、老朽化したアパートを建て替えているのです。その際、銀行から融資を受けており、問題となったのは、その負債についてでした。

 

「遺言書には〈負債の一切も妹が相続する〉とあり、銀行の連帯保証人も妹になっています。ですが、相続手続きをお願いした司法書士の先生によると、遺言書に記載があるのは古い建物の家屋番号で、建て替えた家屋番号と異なっているため、遺言書では名義の書き換えができないというのです」

 

アパートの家屋番号が遺言書の記述と異なるため司法書士でも登記ができず、名義を井上さんに書き換えるには、妹の協力が不可欠です。

 

「ところが妹は、〈遺言で指定されていない財産は2人の共有財産のはずだから、アパートの建物も共有したい〉といいだしまして…」

 

井上さんは、妹の性格上、もし建物が共有になれば、家賃も半分もらいたいと主張する可能性が極めて高いといいます。

遺言に記載がない財産は「遺産分割協議」が必要に

打ち合わせに同席した税理士は、今後のトラブル回避のため、返済義務を負っても、アパートの名義は井上さん単独にしたほうがいいとアドバイスしましたが、井上さんは、

 

「どうしてオレだけ損することになるんだ…!」

 

と、いらだちを抑えきれない様子でした。

 

税理士は、負債で相続財産の正味は少なくなっても、その分は遺留分で請求できると慰めましたが、井上さんは、

 

「こんなことなら、築古で残してくれたほうがよっぽどマシだったのに。どうして…」

 

と、頭を抱えてしまいました。

 

トータルで見れば、負債による節税効果は得られましたが、相続人それぞれの状況を見れば、納得できかねる、非常に不平等な結果となりました。

 

今回の最大の問題は、アパートを建て直したことで建物の家屋番号が変更されたにもかかわらず、それを遺言書に反映しなかったため、登記が実現できなかったことです。その結果、アパートの負債も、家屋番号が変更されたことで、相続人の明記がない状態になってしましました。

 

遺言に記載がない財産は遺産分割協議が必要ですから、今回のようなあいまいさが残ると、揉め事になるリスクが高まります。遺言書は、状況に変化があれば、その都度作り直す必要があるのです。

 

 

※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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