家賃を抑えるために選んだ築45年の団地
久美子さん(仮名・68歳)は夫を亡くしたあと、一人で暮らしていました。以前は民間の賃貸マンションに住んでいましたが年金生活に入り、家賃の負担が重くなっていきました。
「このまま毎月払っていけるのかな」
そう不安になり、築45年の団地へ引っ越すことを決めました。建物は古いものの、家賃は以前より数万円安く、近くにスーパーやバス停もあります。久美子さんは「ここなら年金暮らしでもなんとかやっていけそう」と思いました。
引っ越し当初、近所の人たちは親切でした。階段で会えば声をかけてくれ、ゴミ出しの日も教えてくれます。
「一人暮らしでしょ、何かあったら言ってね」
同じ棟に住む女性にそう言われたとき、久美子さんは非常にありがたいと感じました。知らない土地で孤立するより、気にかけてもらえるほうが安心だと思ったのです。
しかししばらくすると、その親切が少しずつ重くなっていきました。
「昨日、帰りが遅かったね」
「今日は洗濯物、出してないの?」
「男の人が来てたけど、親戚?」
廊下やゴミ置き場で、何気なく言われる言葉に、久美子さんは戸惑いました。悪意があるわけではないのでしょう。それでも、自分の行動を見られているようで、落ち着かなくなっていきました。
ある日、久美子さんが夕方に買い物から帰ると、階段の踊り場で近所の女性に声をかけられました。
「今日はずいぶん荷物が多いのね。誰か来るの?」
久美子さんは笑ってごまかしましたが、部屋に入った途端、ため息が出ました。
「また監視されてる……」
そう口にして、自分でも驚きました。親切にしてくれている人たちを悪く思いたいわけではありません。ただ、玄関を出るたびに誰かの視線を気にする生活に、少しずつ疲れていたのです。
国土交通省の『住宅団地の実態調査』では、住宅団地は入居開始から40年以上経過した時点で、急激に高齢化率が高くなる団地が発生するとされています。長く住む人が多い地域では、住民同士のつながりが支えになる一方、新しく入った人にとっては、既存の人間関係に入りにくさを感じることもあります。
久美子さんも、まさにその間で揺れていました。孤立したくはない。でも、日々の行動まで知られたくはない。安心を求めて移った住まいで、別の不安を抱えるようになっていたのです。
