母と同居して介護をした長男と、顔を見せるのは年に数回の次男
松本幸一さん(仮名・65歳)と優二さん(仮名・62歳)は小さい頃から仲の良い兄弟で、お互いに結婚して家族ができるまでは二人でよく遊んでいました。
幸一さんは結婚を機に隣の県に引っ越しましたが、父の死後に一人で暮らす母を心配し、15年前に家族を連れて実家に戻ってきました。それ以来、幸一さんは妻・娘・母と4人で暮らしていたのです。
幸一さん家族と同居した当初は母も元気で、孫の世話を楽しみながら暮らしていました。しかし、母が80歳を過ぎた頃から認知機能の低下が見られるようになり、80代半ばには日常生活のほとんどを幸一さん夫婦に頼るようになりました。
通院の付き添い、食事の準備、入浴の介助、医療機関や介護サービスとのやり取り。こうした日々のサポートは、同居している幸一さん夫婦が担っていたのです。
次男の優二さんは実家から車で1時間ほどの場所に住んでいましたが、仕事が忙しく、実家を訪ねるのは年に数回程度でした。優二さんは母の面倒を見られないことに申し訳なさを感じつつ、母と同居して介護をしてくれている幸一さん夫婦に感謝していました。
母の遺言書「3,800万円分の遺産のうち、3,600万円を長男に」
そのような折、母が87歳で亡くなります。母は亡くなる2年前に公正証書遺言を作成していました。幸一さんが言うには、公正証書遺言の作成には、母の強い希望があったとのこと。幸一さん自身は、母が遺言書を作成したことを少しあとになってから知ったそうです。
母が残した財産は、自宅不動産(評価額およそ3,000万円)と預貯金800万円の合計3800万円です。遺言の内容は、「自宅と預貯金の600万円を長男に、残りの200万円を次男に」というものでした。
法定相続分であれば、3,600万円分の遺産のうち、2人の子どもが均等に1,900万円ずつ受け取ります。しかし、遺言によると、長男の幸一さんが3,600万円(約95%)を受け取り、次男である優二さんの取り分は200万円にとどまります。
この内容に、優二さんは激怒しました。
「こんな遺言は絶対に認めない! お母さんがこんな遺言を自分の意思で書くはずがない。兄さんの奥さんがお母さんを取り込んで、都合のいいように書かせたんじゃないの?」
優二さんはさらに、「お母さんは亡くなる数年前から認知症の症状が出ていたんだから、判断能力がなかったときに書かせた遺言は無効だよ」とも主張しました。
優二さんの怒りには、幸一さんに対する長年の感情も絡んでいました。同居していた幸一さん家族が母の生活を支えてきたことは認めつつも、「兄の妻は母の財産を自由に使えただろう」「同居して少なからず恩恵も受けていた側が、さらに遺産も独り占めするのか」という不満があったのです。
優二さんの言い分はよく分かります。法律上は、遺言書があっても相続人には「遺留分」という最低限の取り分が保障されています。遺留分とは、法定相続人の2分の1にあたる割合で、子どもの場合は相続財産の4分の1が一人ひとりに保証されます。
このケースで言えば、次男である優二さんの遺留分は3,800万円の4分の1、つまり950万円です。しかし、母の遺言によって、優二さんが受け取れるのはたった200万円のみとなります。
差額の750万円については、優二さんは幸一さんに対して「遺留分侵害額請求」を行うことができます。これは遺言を完全に覆すものではありませんが、侵害された最低限の権利を金銭で取り戻す手段です。この手続きを取ることで、法律上、優二さんは750万円を幸一さんに請求できる立場にあります。そこからさらに踏み込み、優二さんは「遺言を書いた当時の母には判断能力がなかったため、遺言そのものが無効だ」と主張しようとしました。
