(※写真はイメージです/PIXTA)

資産家の父が亡くなり、初めて遺言書の存在を知った3人の子どもたち。遺言執行者は長男でもなく長女でもなく、父が取引していた地方銀行でした。内容に納得できず、銀行に事情を聞こうにも、担当者は退職しており、事情を知っている人はどこにもいません。きょうだいは困り果てますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

父が遺した公正証書遺言、執行者は「取引先の地方銀行」

今回の相談者は、50代専業主婦の松田さんです。90代の父親が亡くなり、相続の手続きをしている最中ですが、父親が遺した遺言書の内容により、困った状況になっているとのことで、筆者のもとを訪れました。

 

松田さんの亡き父親は資産家で、遺産には相続税の申告が必要です。父親の相続人は、長女の松田さん、長男の兄、二女の妹の3人で、母親は数年前に亡くなっています。

 

「父が亡くなってから、兄に公正証書遺言があることを知らされました」

 

その遺言書には、遺言執行者として父親が取引していた地銀が指定されているというのです。

 

松田さんの父親の財産の主たるものは、広い自宅と貸宅地で、土地が8割を占めています。母親は亡くなっているため配偶者の特例が使えず、また、同居する子どもはいないうえ、全員が自宅を所有していることから「家なき子」でもなく、居住用の小規模宅地等の特例も使えません。唯一、貸宅地に「貸付事業用宅地等に該当する宅地等」の特例として、200㎡まで50%減のものが使える程度です。

 

「父親の財産はだいたい約7億円ぐらいだと聞いています。相続税は財産の30%ということで、2億円を超える額になりそうです」

 

相続税の申告は、毎年の確定申告を担当している税理士法人に依頼をしています。公正証書遺言の作成も、この税理士法人と銀行が中心になって進めたようだと松田さんはいいます。

「実家は3人の共有に」…遺言書の内容に困惑

「とくに困っているのは、遺言書に書かれた〈実家の共有〉についてなのです」

 

公正証書遺言にもその旨は記載されており、兄と松田さんと妹の3人の共有財産として、実家を保有する旨指定されています。

 

「なぜこのようなことになっているのか、公正証書遺言の執行者の銀行に聞いたのですが〈さあ?〉と…。遺言書の証人になった女性行員2人はすでに退職していて、いまは、同じ支店の別の女性の行員の方が引き継いでいます」

 

相続税の申告を担当する税理士法人からは、1人あたり7,000万円程度の相続税の納税が必要だという説明を受けています。

 

貸宅地は3人に割り振られているため、各自で売却して納税資金に充てたいと思うのですが、具体的な説明もなく、不安に思っているということです。

「とてもではないですが、維持していくことはできません」

公正証書遺言には、広い自宅の土地について、兄、松田さん、妹の3人で3分の1ずつ相続するようにと明記してあります。

 

「自宅の管理は父が全部やっていましたが、本当に大変です。私や妹は実家には戻りませんし、兄もそうです。ですから、納税資金のために売って3等分したいのですが…」

 

松田さんの実家は広く、庭木も多く、高額な維持費がかかります。一方、貸宅地の地代は、月額約60万円で、年間約720万円です。しかし、毎年の固定資産税は500万円ほどで、税金は払えるものの、生活費までは残りません。父親は公務員だったことから、それなりの年金が受給できていたため、なんとか持ち出しにならなかったようです。

 

遺言書は、自宅以外の不動産についても分割の指定があり、松田さんと妹の2人にも、複数個所の貸宅地を相続するよう記載されていました。

 

「とてもではないですが、不動産を維持していくことはできません。きょうだいはみんな、普通のサラリーマン家庭ですよ。7,000万円もの納税資金、どうやって準備しろというのでしょう。売却しなければ、とてもとても…」

 

松田さんは心底うんざりした様子でした。

相続するよう指定された土地、売却したいが可能か?

残された預金は約7,000万円しかなく、とても相続税の支払いには足りません。不足分は不動産を売却して現金を捻出する必要がありますが、むしろ、今後の生活を考えると、預金は残し、納税資金は不動産から捻出することが妥当ではないかと思われました。

 

打ち合わせに同席した提携先の税理士も、書類を見て考え込んでしましました。

 

また、銀行からは「貸宅地の評価は高すぎ、実際の売却では評価の半分以下になる」ともいわれており、それが不安だと松田さんは言います。

 

松田さんの父親は土地持ちの資産家ですので、もしかしたら銀行は、相続時も売上につなげようと考えたのかもしれませんが、肝心の公正証書遺言のほうは、相続人への配慮もなく、資産防衛にも役立っていません。一方、報酬については明確であり、「財産の1%を遺言執行料とする」と明記されています。今回は700万円以上の報酬です。

 

「役に立たない遺言書の作成に100万円かかっています。そのうえ、なにもしてもらっていないのに、700万円以上も払わなければならないのでしょうか…?」

 

いらだちを隠せない松田さんですが、残念ながら、契約がそのようになっている以上、どうしようもありません。

 

ただし、公正証書遺言に遺言執行者が指定されていても、相続人の合意によって遺言執行を依頼しないという方法も取れます。とはいえ、相続人全員の総意であることが必要で、遺言執行者の理解も必要です。

 

遺言執行者の合意が得られない場合、あるいは適任ではないとする理由があれば、家庭裁判所に遺言執行者の解任手続きを申し立て、審判を下ろしてもらうようにします。

 

今回は遺言執行者が銀行なので、松田さんきょうだいが遺言執行を依頼しないことが総意であることを示せば合意してもらえるはずで、その後の分割や売却については問題なく自分たちで行える可能性が高いでしょう。

 

遺言書にある「自宅は子どもたちが3分の1ずつ相続する」との内容も、そのまま実行しては共有状態となり、将来に問題を残す可能性が高いといえます。そのため、税理士からは、残す場所・売却する場所を決めてまずは分筆し、残すところは単独名義に、売却するところは3分の1のままで売却することをお勧めしました。

 

「兄と妹と打ち合わせ、銀行との交渉を進めてまいります」

 

松田さんはそういうと肩を落とし、事務所をあとにされました。

 

松田さんのご相談を受けて思うことですが、善良な資産家が相続ビジネスの餌食になっているのではと危惧されるところです。松田さんの父親はおそらく、付き合いのある銀行なのでよくしてくれるだろうと思い、勧められるまま公正証書遺言を作られたと思われますが、専門家であれば、相続人が困らないように税金の負担を減らし、納税にも困らないようにしておいてあげるべきではないかと思います。

 

銀行だから安心とはいえず、相続、遺言書、不動産に慣れた専門家に依頼しないと、松田さんのきょうだいのように、大金を損することになりかねません。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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