深夜1時過ぎ――荷物を詰め込み、夜逃げ同然で家を出た70代夫婦
「敏也、ごめんね……」
時刻は午前1時過ぎ。荷物をバッグに詰め込みながら、独り言のように小さく謝り続けたという芳恵さん(77歳)。そんな妻を横目に、正治さんは車で運べるだけの荷物を段ボールに詰めていきました。
正治さん夫婦の息子・敏也さんは51歳。転職を繰り返し、39歳で会社を退職。「少し休む」。そう言って実家へ戻ってきたときには、またすぐ出て行くと思っていたといいます。
しかし、それから10年以上が過ぎても、敏也さんは安定した仕事に就きませんでした。アルバイトは長続きせず、生活費も払いません。家賃も食費も光熱費も、すべて親の年金頼り。次第にそれが当たり前のような状態になっていったのです。
総務省「家計調査(2024年)」によると、高齢夫婦無職世帯の平均的な実収入は月25万円程度である一方、消費支出は約28万円前後です。一方で、正治さん夫婦の年金収入は月約21万円と平均以下。とはいえ元々贅沢を好まないため、夫婦二人なら暮らしていける額でした。
しかし、息子が加われば話は別です。食費も日用品費も電気代も高くなります。さらにお小遣いの無心も日常的で、コツコツ貯めた貯金はどんどん減っていきました。
正治さんは「親なんだから」と自分に言い聞かせてきましたが、とうとう限界がやってきました。地方の家賃6万円、3DKの賃貸アパートに住んでいましたが、その家賃の支払いが追いつかなくなったのです。大家から届く督促状、保証会社からの電話。妻がぽつりと漏らしました。
「このままじゃ、3人とも路頭に迷っちゃうわ……」
夫婦は役所へ相談に行きました。紹介されたのは、高齢者向けの家賃が安い住宅。年金だけでも十分生活できそうですが、夫婦二人で入居することが条件。悩んだ末に出した答えは、「親だからこそ、離れる」 でした。
敏也さんに話しても、絶対に納得してもらえない。「俺はどうするんだ」と荒れる様子が目に浮かびました。そこで正治さんは、敏也さんが呑みに出かけている深夜に夜逃げ同然で家を出ることを決めました。
テーブルの上に、封筒を残しました。
「もう、支えられない。アパートの契約は今月末までだから、あとは自分で生きてください」――それだけを書いた置き手紙でした。

