(写真はイメージです/PIXTA)

通常国会に提出されていた「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」(以下、全世代社会保障法)は2023年5月12日の参院本会議で、与党などの賛成多数で可決、成立しました。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、出産育児一時金制度の概要と引き上げ議論の経緯、今後の展望について解説します。

3―引き上げに至るプロセスと論点

 

1|少子化対策の一環として政治主導で議論がスタート

 

今回の引き上げ論議は政治主導で始まった。議論の流れを主導したのは自民党の「出産費用等の負担軽減を求める議員連盟」(以下、自民議連)だった10。自民議連は2020年10月に発足した際、自民党総裁選で敗れた直後だった岸田氏を共同代表に発足した経緯があり、菅義偉政権期の2020年11月と、岸田氏が首相に就いた後の2022年5月に出産育児一時金の引き上げを要望していた。



その後、岸田首相は2022年6月の記者会見で、「少子化対策は喫緊の課題」とした上で、「私の判断で出産育児一時金を大幅に増額いたします」と表明11。同年9月の全世代型社会保障構築本部でも、出生率の低下に対する危機意識を披露し、「出産育児一時金の大幅な増額を早急に図る」12と述べ、実施方策に関して、全世代型社会保障構築会議や医療保険部会を中心に、検討が進んでいた。



これらの経緯を踏まえると、出生率の低下に対する危機意識を踏まえ、政治主導で議論が展開して行った様子を指摘できる。 

 


10 出産育児一時金引き上げに繋がる自民議連の動きについては、2022年5月30日『週刊社会保障』、同年5月17日『朝日新聞デジタル』配信記事、2020年11月28日『毎日新聞』などを参照。
11 2022年6月15日、首相官邸ウエブサイト「岸田内閣総理大臣記者会見」を参照。
12 2022年9月7日、全世代型社会保障構築本部における岸田首相の発言。

 

2|便乗値上げの可能性が議題に


だが、法改正の国会審議が進んでいた傍らで、早くも一層の制度改正として、保険適用の是非が論点として浮上している。



その背景として、便乗値上げに対する警戒感を指摘できる。図3の通り、出産費用は年間1%前後で上昇しており、「出産育児一時金を引き上げれば、便乗的に出産費用も上がってしまうのでは」という懸念である。

 

 

この点については、「出産育児一時金を引き上げることが更に出産費用の増加につながるという懸念もございます」といった形で国会審議で何度か話題になった13ほか、メディアでも「便乗値上げをされては元も子もない」とする内閣府幹部のコメントも出ていた14



ただ、出産費の増加要因は必ずしも明らかになっておらず、国会の審議で厚生労働省から「例えば一時金を引き上げたら、それに伴って出産費用がどう変わるかという把握についてはできてございません」という答弁が示された15。このため、岸田首相が「厚生労働省において必要な調査、これを行うこととしたい」と述べる一幕もあった16



このため、出産費用の増加理由については今後、細かい実証を要するが、医療サービスの特性を踏まえると、整合的な動きとなっている。一般的に医療サービスの需要は患者のニーズだけでなく、医師の判断や行動で変わり得る。例えば、「取り敢えず入院しますか?」と医師から打診された際、患者―医師の情報格差が大きいため、患者が医師の薦めを断るのは難しい。



一方、医師は「患者のために良いサービスを提供したい」という意識を持っているし、ここに医療機関の経営的な判断も相俟って、臨床的に許される範囲で、医療サービスの水準は提供体制の上限に近付くことになる。いわゆる医療経済学で言う「医師需要誘発仮説」と呼ばれる事象である。


これを出産育児一時金に当てはめると、出産費用は原則として保険適用ではないため、医師は出産育児一時金を含めた患者の支払い能力を見つつ、医療サービスの内容だけでなく、サービスの価格も調整できる。この結果、出産一時育児金の増額に合わせるような形で、出産費用が増える事態は十分に想定できる。

 


13 2023年4月5日、第211国会衆院厚生労働委員会における高木宏壽衆院議員の発言。
14 2023年3月30日『読売新聞』。
15 2023年4月25日、第211回国会参院厚生労働委員会における厚生労働省の伊原和人保険局長の発言。
16 2023年5月9日、第211国会参院厚生労働委員会における岸田首相の発言。

 

3|出産費用の「見える化」


こうした便乗値上げを防ぐ方策として、厚生労働省は出産費用の「見える化」を医療機関ごとに図る方針を示している。2022年12月の医療保険部会「議論の整理」では、「出産育児一時金の引上げによって必要以上の値上げが行われたり、意図しないサービス付加が生じたりすることがないよう、妊婦の方々が、あらかじめ費用やサービスを踏まえて適切に医療機関等を選択できる環境を整備することが重要」と指摘された。



その上で、「議論の整理」では、医療機関の特色(機能や運営体制)、室料差額や無痛分娩の取り扱いのサービス内容、その医療機関におけるサービスの内容や価格に関する公表方法――に関して、医療機関に報告を求めるとともに、平均入院日数や出産費用、妊婦合計負担額などの平均値に係る情報を医療機関ごとに公表する必要性を訴えた。イメージは医療保険部会の提出資料などに示されており、図4の通りである。

 

 

こうした「見える化」の利点として、厚生労働省は「妊婦の方々が各医療機関等における出産費用やサービス内容などの情報を入手しやすくなる、それは結果的に、適切に医療機関等を選択できるようになる」「医療機関にとりましても、妊婦の方々にその特色やサービス内容、出産費用の状況などを理解いただいた上で、出産施設の選択肢の一つとして検討いただきやすくなる」などと説明している17



しかし、金額を一覧化したり、機能が異なる医療機関の情報を一括して提供したりする方向性については、適切な情報提供にならないという懸念が日本産婦人科医会から示されている18。このため、今後は「どんな情報を集めるか」「どういう形で公開するか」など詳細な議論が進む見通しだ。

 


17 2023年4月5日、第211回国会衆院厚生労働委員会における伊原保険局長の発言。
18 2022年12月9日、社会保障審議会医療保険部会に提出された「出産費用等の見える化に関する意見書」。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年6月27日に公開したレポートを転載したものです。

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