(※画像はイメージです/PIXTA)

マーケティング学界の権威、フィリップ・コトラーによる最新のマーケティング理論「マーケティング4.0」とは一体どんなものなのでしょう? アップルの事例をもとに解説します。1997年9月23日、スティーブ・ジョブズは上層部のマネジャーとスタッフをアップル本社の講堂に集め、15分間のスピーチを行いました。テーマは「マーケティングとは」。そこで彼はなにを語ったのでしょうか。

スティーブ・ジョブズが語ったこと

一度は追放されたが…「10億ドルの赤字」を抱えるアップルに復帰したジョブス

アップル、あるいはスティーブ・ジョブズ(以下、「ジョブズ」)のファンなら、1997年9月23日時点でアップル社と彼がどのような状況に置かれていたかご存じでしょう。

 

自ら創業したアップル社を1985年に追放されたジョブズは、スピーチの8ヵ月あまり前、1997年1月にアップルに復帰していました。

 

1980年代末に16%だったアップルの市場シェアは、その後、下がり続け、1996年には4%に低迷。

 

当時はテクノロジーバブルで、他企業の株価が急高騰するなか、1991年(当時1ドル約134円)に70ドルだった株価は14ドルに暴落し、アップルは10億ドルの赤字を抱えるという危機的な状況でした。

 

復帰当初のジョブズの肩書は彼が望んだ非常勤アドバイザーでしたが、アップル社を立て直すために奔走します。

 

1997年8月、マイクロソフトとの提携を発表すると、ジョブズが積極的に経営に参画するというメッセージが期待感を呼び込みました。アップルの株価は33%急騰して26ドル31セントをつけ、この日1日でアップルの時価総額は8億3,000万ドル増加。

 

翌月、彼はiCEO(暫定CEO)に就任しましたが、実質的にはその10週間ほど前からリーダーとしての役割を担っていました。ただし、この時点で、アップルはまだ黒字転換を果たしてはいません。

 

まさに背水の陣でした。

 

「マーケティングとは価値観である」

冒頭のスピーチは、彼のiCEO就任と新しい広告の完成を祝うとともに、幹部社員に経営の方向性と展望を示すためのものでした。

 

トレードマークの黒いTシャツ、短パンにサンダル姿の彼が語ったのは、彼にとってのマーケティングの意味、そして新しいブランドキャンペーンについてです。

 

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自分にとってマーケティングとは価値観である。

私たちは私たちのことを顧客に明確に知ってもらう必要がある。

知らせるべきは製品の性能ではない。

Windowsより優れている理由でもない。

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ここでジョブズが世界で最も優れたマーケティングを行っている企業として名前を挙げたのは、ナイキです。

 

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ナイキにはほかの靴メーカーとは違う、なにか特別なものを感じる。

ナイキは製品の宣伝をしない。

競合メーカーより優れているとも言わない。

ナイキがしているのは、偉大なアスリートと偉大な競技を称えることだ。

それが、彼らが誰かということだ。

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ここで、読者の多くは、2020年の全米オープンで2度目の優勝を果たした大阪なおみのことを思い浮かべるでしょう、勝ち進んだ彼女が、試合の度に異なった名前入りの黒マスクをつけてコートに現れたことを。

 

その行動をめぐって試合開催中から世界中で激しい議論が巻き起こりましたが、スポンサーであるナイキは、彼女が優勝した9月13日にいち早く彼女を支持するメッセージ入りの動画をインスタグラムに掲載しました。

 

このことからわかるのは、ジョブズが評価した1990年代後半から現在にいたるまで、ナイキはそのスタイルを貫いているということ。そして、ジョブズは現在にも通じるこうしたナイキのマーケティングを、20年以上も前から評価していたという事実です。

 

ナイキが自社の価値観を明確に打ち出しているように、アップルは何者で、なにを支持し、この世界にどのように貢献できるのかを伝える方策を彼は模索しました。

 

“Think different.”&“The Crazy Ones”

必要なのは、ブランドイメージを全面に押し出すキャンペーンでした。

 

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アップルとはなにか。

自分たちはどういう人間か。

自分にとってのヒーローは誰か。

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フォーカスすべきは、

 

「コンピュータになにができるかではなく、コンピュータを使ってクリエイティブな人々はなにができるか」

 

でした。

 

そうして生まれたのが、“Thinkdifferent.”というコンセプトです。

 

冒頭のスピーチで彼はこう語りました。

 

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「宝石がある。きらめくようなアイディアだ。アップルは型にはまらない考え方をする人のもの、コンピュータを使って世界を変えたいと思う人のものなんだ」

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広告には、ジョブズがヒーローと思う人々の写真を使いました。

 

リスクを取り、失敗にめげず、独自の取り組みで歴史に足跡を残した人々―

 

アインシュタイン

ガンジー

フランク・ロイド・ライト

ジョン・レノン

ボブ・ディラン

マリア・カラス

ピカソ

エジソン

ダライ・ラマ

チャールズ・チャップリン

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア――。

 

この広告が最初にTVで公開されたのは、ピクサーが制作したアニメ「トイ・ストーリー」のTV初放送のコマーシャルとしてでした。アップルを離れた翌年の1986年、ジョブズはアップル社の株を売って調達した資金でアニメ制作会社を買収し、ピクサーと命名して独立会社にしていました。

 

このタイミングもコマーシャルの打ち方も、ジョブズにふさわしい、アイロニー溢れるものでした。

 

“The Crazy Ones”と名付けられた広告の60秒フルバージョンは以下のような形に結晶しました。

 

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クレージーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心を打たれる人がいる。反対する人も、称賛する人もけなす人もいる。

 

しかし、彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレージーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。

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このキャンペーンは、自身とアップルを「カウンターカルチャーの子ども」と捉える、ジョブズの反逆者的な資質、そうしたあり方を、アップルブランドとして改めて位置づけるものでした。

 

こうした特異性はアップルならではのものです。

 

アップルの製品を選んだユーザーは、ただそれだけで、自分は反企業的でクリエイティブ、イノベーティブな反逆者だと思い、主張できる―そういうブランドをジョブズは創ったのです。

 

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