「社会善」を先導する英雄となった機関投資家
2006年にESGという概念が誕生した後、世界を襲った2つの事件がβアクティビズムを大きく前進させた。2007〜2008年の金融危機(いわゆる「リーマンショック」)と、2020年の世界的な新型コロナウイルス感染拡大である。
これら2つの出来事は、テーマこそ違えども、社会システムリスクの制御(≒βの増進)が人類共通の重要課題であることを知らしめた。
とりわけ、金融危機は市場原理主義の過剰なリスクテイクや強欲(グリード)に対する猛省と反動を引き起こし、各国の政財界に中道左派的な機運をもたらした。
金融危機の後には、欧米の著名ビジネススクール卒の就職人気ランキング上位から、投資銀行やヘッジファンドの名前が消えた。
しかし、金融危機後の窮地から立ち上がったウォール街の金融エリートは現在、βアクティビズムの立役者として、「社会善」となるESG革命の先導者として、強大な情報発信力を持つに至っている。
金融エリートの所信表明(宗旨替え)による分岐点となったのは、2019年の米国財界団体ビジネスラウンドテーブル(BRT)による「株主資本主義」批判と、「ステークホルダー資本主義」への転向だ。
181名の米国企業のCEOの署名が入った文書の中で、BRTは「どのステークホルダーも不可欠の存在である。私たちは会社、コミュニティ、国家の成功のために、その全員に価値をもたらすことを約束する」と謳った。
この宣誓は、1970年代から続いてきた米国の株主利益至上主義の終わりを告げた。この時のBRT議長を務めたのは、JPモルガン・チェース銀行のジェイミー・ダイモンCEOだった。
毎年スイスで開催される「ダボス会議」でも、大手金融機関トップの発言は注目を浴びるようになっている。
2020年の同会議では、大手投資銀行ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモンCEOが「女性取締役がひとりもいない企業の上場主幹事は引き受けない」と発言して、大きな話題となった。
ジェンダー平等という観点では、2017年の「恐れを知らぬ少女」の銅像にまつわるエピソードが有名だ。米ウォール街の象徴となっている雄牛の銅像と対峙する場所に、挑むようにして腰に手を当てている少女の銅像が忽然(こつぜん)と現れた(一夜にして設置された)のである。
これを企てたのは、米国の大手資産運用会社のステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(SSGA)だった。
ソロモンやSSGAに続くようにして、米国や欧州各国は、女性や性的マイノリティ(LGBTQなど)、あるいは有色人種の取締役登用を義務づける法整備を進めている。