米銀が巨額の含み損を抱えることになったワケ
では、いったい「住宅ローン金利の15年移動平均値」がなんの関係があるのか、ということですが、今回の出来事は、60年超ぶりに、「住宅ローンが残っている、ほとんどすべての人の借入金利よりも、現行の金利が高くなった」ことを意味します。
言い換えれば、「誰ひとりとして、金利面で住宅ローンを借り換えるメリットがなくなった」ということです。【[図表1]を再掲】して、以下に説明します。
【オレンジ色】の住宅ローン金利の15年移動平均値は、「過去15年に住宅ローンを借りたすべての人の(単純)平均金利」です。
「現行の住宅ローン金利」が「過去15年の平均金利」を超えるということは、現行の住宅ローン金利のほうが、住宅ローンが残っているほとんどすべての人の借入金利よりも高いことになります。
すでに住宅ローンを借りている人にとっては、現行金利が、自分の(手持ちの)約定金利よりも高いので、借り換えるインセンティブはありません(→オプションで言えば、OTM/アウト・オブ・ザ・マネーになっています)。
この結果、足元では(住宅ローン金利が大幅に上昇しているので)「低い金利を利用した住宅ローンの借り換え→繰上償還」が起きない状態が生じています。引っ越しなどを除いて、繰上償還が起きないということは、そうした住宅ローン債権を束ねた住宅ローン担保証券(MBS)が「長期債」に似るということです。
逆に、「いままでの環境がどうだったか」を考えてみましょう。もう1度、【[図表1]と同じ図】を下に示し、以下に説明します。
1986年から2022年頃までは、金利低下が継続するなかで、【青色】の現行金利は常に、【オレンジ色】の移動平均値を下回って推移しました。
言い換えれば、過去35年あまりの期間においては、「住宅ローンが残っている人の少なくとも一部は、より低い現行金利で借り換えるメリットが存在し続けた」ということです(→オプションでいえば、ITM/イン・ザ・マネーになっていたということです)。
そうした「低い金利での借り換え」の機会の多くは利用されたでしょうし、その分、繰上償還が起きていたということです。随時、「低い金利を利用した借り換え→繰上償還」が起きるということは、住宅ローン債権を束ねた住宅ローン担保証券(MBS)が「短期債」に似るということです。
短期債が「超長期債」に“一気に変身”
今回の出来事は、金利上昇によって、いままでは「短期債」の性格を帯びていた住宅ローン担保証券(MBS)が、60年超ぶりの強度でもって(長期債どころか)「超長期債」に「一気に変身」した。この「金利上昇」と「超長期債に『一気に変身』したMBS」との取り合わせこそが、今回の含み損が大規模になった原因と考えられます。
このように、債券に不利な金利上昇の局面では(繰上償還が減って元本の返済が先延ばしになって「長期債に変身」することで)価格下落が増幅され、逆に、債券に有利な金利低下の局面では(繰上償還が早まるために短期債になって)価格上昇が限定的になる性質は「ネガティブ・コンベクシティ」と呼ばれ、MBSが持つ大きな特性のひとつです。
このほかにも、特定のMBSに束ねられる住宅ローン債権(→束ねたものはプールと呼ばれる)には、どこの地域や州の住宅ローンが多いのか、どういった年齢の借り手が多いのか、ローンの平均金額はいつ発行された住宅ローンが多いのかといった違いが繰上償還=キャッシュフローのタイミングに影響を与えるため、MBSの価格評価に大きな影響を与えます。
※本節で、移動平均値を「15年」とした理由のひとつは、繰上償還の標準的なモデルと仮定(100%PSA)に基づくと、返済から15年が経過すると、住宅ローンの7割超が返済されている計算になり、15年を超えて同じローンを返済し続けている人は少数で、逆に過去15年を取れば、住宅ローンが残っている大多数の借り手の借入金利を捕捉できると考えられるためです。
重見 吉徳
フィデリティ・インスティテュート
首席研究員/マクロストラテジスト
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