借主に退去費用の支払いを拒まれた
単身者用アパートを男性会社員に賃貸していたのですが、借主の仕事の都合で退去することになりました。借主の引っ越しが終わり、明け渡しになったのですが、においが酷く、フローリングの一部には焦げ跡があります。借主は日常的にタバコを吸っていたようです。
原状回復工事としてクロスとフローリングを張り替えたのですが、預かっていた敷金だけでは修繕工事の費用を賄えませんでした。そこで、不足額を退去費用として請求したのですが、借主に拒まれてしまいました。借主の言い分は「禁煙だとは聞いていない、タバコのにおいもフローリングの焦げ跡もクリーニングや部分補修で対応できる」というものでした。
弁護士に相談したところ、弁護士名で、退去費用を請求する内容証明郵便を送ることになりました。その内容は次のようなものです。
借主は弁護士からの内容証明郵便に観念したのか、無事に補修費用を払ってもらうことができました。
過去の類似事例・判例
1.東京地判(令和2年2月18日)は、借主が部屋をゴミ屋敷のような状態で使用し、漏水事故を発生させ、下の階の住人にまで被害を与えたという事案について、貸主からの多額の退去費用の請求を認めました。この事案では、賃料が月額5万6,000円、敷金が5万6,000円であったのに対して、借主への請求が認められた退去費用は164万円以上になりました。
2.東京地判(令和元年11月12日)でも、部屋に、通常の使用による損耗を超える汚れ等が生じたとして、貸主から借主に対する退去費用の請求が認められました。しかし、この事案では、賃貸借期間が長期に渡っていたため、原状回復費用の大部分は貸主が負担するべきとして、請求した退去費用約330万円のうち、約23万円しか認められませんでした。
請求の大部分が認められなかったのは、もし借主が部屋を汚していなかったとしても、経年劣化に対応するために、近い将来フローリングの張り替え等が必要となっていたであろうという理由から、請求できる退去費用は、工事の時期が早まった部分に限られるという考え方にもとづきます。
ご紹介したケースでは、双方ともに借主に対する退去費用の請求が認められていますが、法律的な原則論としては、借主に対する退去費用の請求は認められないことに注意が必要です。
法律上、借主が部屋を通常の使用をした場合に生じた損耗(汚れや傷)や経年劣化は、貸主の負担において修繕すべきことになります(民法第621条)。そして、貸主は、借主による賃料の未払いや部屋を汚してしまった場合に備えて、敷金を預かっていることが通常です。
退去費用を請求することができるのは、「借主が」「部屋に」「通常の損耗や経年劣化を超えた」「特別な損耗を生じさせた場合」であり、かつ、修繕費用が敷金を上回った場合ということになります。