(写真はイメージです/PIXTA)

ウクライナへの軍事侵攻から1年。世界経済は減速し、グローバルな供給網の再編圧力は強まっています。ニッセイ基礎研究所の伊藤さゆり氏によるレポートです。

西側のパートナーシップも安全保障分野と経済分野で性格が異なる

西側のパートナーシップも安全保障分野と経済分野では性格が異なる。

 

安全保障分野では、米欧は、北大西洋条約機構(NATO)による強固な集団防衛の枠組みを形成している。同盟の強固さは、ウクライナ侵攻への対応で証明された。

 

米欧の経済は企業の活動を通じて深く結びついている。EUの域外貿易相手国として、財の貿易では中国が米国を上回るようになっているが、サービス貿易や直接投資も含めた総合的な関係では、米国はEUにとっての最大のパートナーであり続けている*4。米欧関係を特徴づけるのは双方向の直接投資、すなわち米欧をまたがり活動する企業を通じた結びつきの強さである。欧州委員会統計局によれば2021年時点の直接投資残高は米国からEUへの投資が2.3兆ユーロ、米国からEUへの投資が2.1兆ユーロに上る。貿易面でも企業内の取引がおよそ3分の1を占める*5

 

しかし、米EU間では自由貿易協定(FTA)は締結されておらず*6、バイデン政権が新たなFTA締結に慎重な姿勢をとっているため、当面締結の見込みはない。

 

*4:欧州委員会「EU米国貿易関係 ファクト、数字、最新の動向」による。

*5:欧州委員会「EU米国貿易関係 ファクトシート」による。

*6:13年から包括的な貿易投資協定「環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)」交渉が進められていたが、オバマ政権期の16年末に交渉が中断、トランプ政権期の19年末に交渉は正式に終了している。

トランプ政権期に悪化した米欧の外交・通商関係は改善

それでも、トランプ政権期に戦後最悪と言われるほど悪化した外交・通商関係は、バイデン政権の発足後、改善に向かっている。

 

21年6月の米国EU首脳会議の合意に基づき立ち上げた「貿易技術評議会(TTC)」は、「世界貿易、経済技術的課題へのアプローチを調整し、共通の価値観に基づく大西洋間の貿易と経済関係の深化」を図るフォーラムとの位置付けである。

 

TTCの下、米国とEUは政策担当者間が実務協議を行うための作業部会を立ち上げ、定期的に閣僚会合7を開催している。閣僚会合は、これまでに21年9月、22年5月、22年12月の3回開催されており、次回は23年半ばの開催を予定する。

 

*7:米国側はブリンケン国務長官、レモンド商務長官、タイ通商代表部(USTR)代表、EU側は欧州委員会のドムブロフスキス執行副委員長(経済総括・通商担当)、ベスタエアー執行副委員長(欧州デジタル化対応総括・競争政策担当)が参加。

進展する米欧間のTTCを通じた政策対話・規制協力

当初、TTCへの期待は必ずも高いものではなかった。TTCが、インド太平洋経済枠組み(IPEF)と同じく、FTAの要素は含まないことも一因である*8

 

しかし、TTCの枠組みは、意図した結果でないにせよ、対ロシア制裁の輸出規制の検討する上で機能したほか、新興技術での規制や規格協力、半導体供給網の強靭化などで、具体的な取り組みも進展している。

 

22年12月の第3回閣僚会合では、人口知能(AI)、量子情報科学技術、EV充電インフラなどの新技術や半導体供給網構築での協力などが議題となった*9

 

うち、AIに関しては、「信頼できる開発・運用に向けた初の共同ロードマップ」が発表され、同ロードマップをAIに関する国際標準化団体での協調的なアプローチの叩き台とする方向性が示唆された。

 

量子情報科学技術については専門家によるタスクフォースを立ち上げる。タスクフォースは、研究開発に関わる障壁の削減、技術の準備状況に関する評価の共通の枠組みの開発、知的財産や必要に応じて輸出管理関連の課題について協議し、国際標準化に向けて共に取り組む。共同声明には、こうしたアプローチを、他の新興技術分野でのより強化された協力の基礎とする可能性も明記された。

 

EV充電インフラについての規格協力も進展している。22年5月に大型車向けの充電システム(MCS)の規格協力で合意、産業界によるプロトタイプの開発が進展している。遅くとも24年までに、共通の国際標準を採択するため、作業を継続する方針を確認している。23年中にはEV普及のための充電インフラの政府支援に対する提言や、電力網と連携するEV車両(Vehicle-Grid Integration(V2G))の実証実験の公開デモンストレーションに関する提言も行うという。

 

*8:TTCの作業部会は(1)技術標準化協力、(2)気候・クリーン技術、(3)安全な供給網(半導体)、(4)情報通信技術・サービス(ICTS)の安全保障と競争力(5G・6G、改定ケーブル、データセンター、クラウドシステムなど)、(5)データ・ガバナンスと技術プラットフォーム、(6)安全保障と人権を脅かす技術の乱用(AI技術)、(7)輸出管理協力(デュアルユース品目など)、(8)投資審査協力、(9)中小企業によるデジタル技術へのアクセスと利用促進、(10)世界的な通商課題の10の領域にわたる。IPEFは、(1)公平で強靭(きょうじん)性のある貿易、(2)サプライチェーンの強靭性、(3)インフラ、脱炭素化、クリーン・エネルギー、(4)税、反腐敗の4本柱からなる。

*9:第3回閣僚会合の成果は、ホワイトハウス「米EU貿易技術評議会共同声明(22年12月5日)」から確認できる。第2回閣僚会合までの成果をまとめたものとして、前田厚穂「米欧主導の国際ルール形成に向けたプラットフォーム~米国・EU貿易技術協議会(TTC)」NPIコメンタリー、2022年6月10日がある。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年2月28日に公開したレポートを転載したものです。

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