供給網強靭化では半導体について優先協議。補助金競争と市場の歪曲回避への取り組みも
供給網の強靭化では、半導体について優先的に協議されてきた。米国商務省と欧州委員会が共同開発した半導体の供給網の混乱に関わる「早期警告メカニズム」は、実証実験を終え、導入のための行政上の取り決めの段階に入りつつある。
補助金を巡る「透明性」確保のため、情報の相互共有の枠組みを導入することで合意、志を同じくする国々との協同を目指す方針である。合意の背景には、米国が、「CHIPS及び科学法(22年8月)」を通じて、EUは「欧州の半導体エコシステムを強化するための政策枠組みを創設する欧州議会理事会規則(通称「半導体法」、22年2月欧州委員会提案)」を通じて、半導体のエコシステム強化の公的支援に動いていることがある。
世界需要に関する共通の理解、供給網混乱時の協力関係、補助金や研究開発に関する情報の共有を通じて、補助金競争と市場の歪曲を回避することで、半導体の供給網の強靭化を図ろうとしている。
供給網に米欧共通の脆弱性が認識される領域は半導体以外にもある。第2回会合の共同声明では*10、重要な鉱物、クリーン・エネルギー、医薬品を例示、今後、これらの領域へと協力の範囲が広がると見られる。
TTCにおける協議は、新興技術の国際標準化に少なからず影響し、同盟国・同志国による「フレンドショアリング」の叩き台ともなり得る。
*10:米国商務省「米EU貿易技術共同声明(22年5月16日)」
懸案事項への対応進展の一方、浮上した米国のインフレ抑制法(IRA)を巡る対立
バイデン政権発足後は、米欧間の懸案に関する取り組みも進展した。17年間にわたり対立が続いた米欧の航空機大手ボーイングとエアバスへの補助金問題については、相互に賦課していた追加関税5年間凍結することで合意した。鉄鋼・アルミニウムの追加関税問題は、一定数量まで追加関税を課さない関税割当(TRQ)によって対応が図られた*11。
その一方で、22年8月に成立した「インフレ抑制法(IRA)」の補助金問題という新たな火種も生まれている。IRAは、2032年までに3690億ドル(1ドル=132円換算で48.8兆円)をクリーン・エネルギー技術と温室効果ガス排出量を削減するグリーン投資に振り向ける。EUは、IRAの米国政府による気候変動対策への具体的なコミットメントという側面を歓迎しつつ、「超党派インフラ投資法(21年11月成立)」、「CHIPS及び科学法」に続く、米国の製造業と雇用の支援策としての側面を懸念する。
EUの反発の背景には、ロシアからのガス供給の削減への対応として、米国産LNGへの依存を強めざるを得なくなっていることがある。米国との比較で見て、EUの産業の立地条件は、エネルギー供給の安定性とコストの面で大きく悪化している。それだけに、IRAの税額控除や補助金等が、米国製や北米製を優遇すること12が、欧州から米国への技術力のある企業の流出を招くことへの懸念が強い。
IRAを巡っては、22年12月のTTC閣僚会議でも議題の1つとなり、米国はEUの懸念を理解し、建設的な対応を約束した。
*11:「EU・米首脳会談開催、民間航空機への対抗措置の5年間停止に合意」JETROビジネス短信、2021年6月16日、「米国、EUと鉄鋼・アルミ貿易で合意、追加関税に関税割当導入」JETROビジネス短信、2021年11月02日
*12:IRAのEV税額控除の対象車両の要件には、北米(米国、カナダ、メキシコ)での最終組み立て、電池材料の重要鉱物のうち調達価格の40%(27年以降は80%)が自由貿易協定を締結する国で採掘ないし精製されるか北米でリサイクルされること、電池用部品の50%(29年以降は100%)が北米で製造されることなどがある。他に、バッテリーや太陽光、洋上風力の米国産部品への税制上の優遇措置提供、基準値以上の米国産鉄鋼を使用した風力エネルギー計画への税額控除の引き上げなどがある。
IRAの対抗の性格を薄めた「欧州グリーンディール産業計画」
EUの欧州委員会は2月1日に「グリーンディール産業計画」を公表した。ネットゼロ技術と持続可能な製品のEU域内の製造能力の拡大を支援するものである。
計画は、(1)規制環境の改善、(2)金融アクセスの迅速化、(3)労働者のスキルの強化、(4)公正な貿易の促進の4本の柱からなる。
うち、IRAとの関係で特に注目されるのが、(2)に盛り込まれた補助金をより積極的に活用する方針である。EUは、域内の競争を歪めるとして、加盟国による補助金を原則禁止してきたが、20年3月にはコロナ対応のためルールを緩和した。コロナ対応の緩和措置はすでに終了しているが、22年3月からは、ウクライナ侵攻による脱ロシア産化石燃料の加速やエネルギー価格高騰策への対応のためにルールを緩和している。さらに、「グリーンディール産業計画」では、25年末までの時限措置として、グリーン移行に必要な技術力や生産能力向上を目的とする投資のための補助金のルールを緩和する。
この他、国家補助の適用対象外とする「欧州の共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」*13の認定基準を合理化、簡素化し、新規の投資プロジェクトの迅速化を狙う。
さらに、中期的な措置として、欧州委員会は23年夏までに、EUとして資金を調達し、加盟国がネットゼロ技術への投資需要を満たすための補助金として活用できる「欧州主権基金」を提案する方針である。
産業計画の公表に先立ち、フォンデアライエン欧州委員会委員長らがIRAへの懸念を表明していたことから、計画をIRAへの対抗措置として打ち出し、米欧間の補助金合戦がエスカレートすることが懸念されていた*14。
結果として、政策文書では、パートナー国におけるネットゼロ産業支援を「心強い兆候」とするなど、IRAへの対抗措置というトーンは薄められ、「中国の不公正な補助金と長期にわたる市場の歪曲」への対抗措置という位置づけになった*15。米国の善処への期待や米欧の対立は中ロを利するだけとの判断があったのかもしれない。
*13:複数のEU加盟国が戦略分野の新技術に資金提供を行っている大規模プロジェクト。欧州委員会の政策文書(European Commission ‘A Green Deal Industrial Plan for the Net-Zero Age’ COM (2023) 62 final, 1.2.2023)によれば、これまでにマイクロエレクトロニクスで1件、バッテリーで2件、水素で2件の認可事例があり、バッテリー、水素での追加案件や太陽光、ヒートポンプなどの新規認可が見込まれている(10~11頁)。
*14:米国の政策が誘発する補助金競争を懸念する論考として ‘The destructive new logic that threatens globalisation’ The Economist, Jan 12th 2023。ジャナン・ガネシュ「[FT]保護主義、西側の敗北招く 中ロと同じ土俵でよいか」(2023年2月1日、日経電子版)は、戦略的と位置付ける産業が拡大する可能性を指摘、西側が保護主義に傾倒することは、中国やロシアにイデオロギー面において譲歩することに等しいと指摘する。
*15:前掲2ページによれば、米国のIRAの2032年まで3600億ドル以上の動員、日本の最大20兆円のGX経済移行債のほか、インドや英国、カナダなど計画に言及し、「これらすべてのパートナーとより大きな利益のために協力することを約束している」とする一方、「中国は長期にわたってEUの2倍の補助金を供与」し「5カ年計画の優先課題としてクリーン技術のイノベーションと製品に補助金を供与」しており、「2800億ドル相当のクリーン技術投資が予定されている」ため、欧州とそのパートナーは不公正な補助金と長期にわたる市場の歪曲と戦うために、より多くのことをしなければならない」とした。
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