設備投資をする中小企業と半導体産業
GDPの大半は家計消費、設備投資、住宅投資、公共投資など固定資産投資と輸出によって構成されます。企業がいくら収益を稼いでも、賃上げをせず、設備投資もケチるようでは、GDPは増えません。
内部留保である利益剰余金の膨張は経済成長低迷とセットになっています。この傾向は、1997年度の橋本龍太郎政権による消費税増税と厳しい緊縮財政が引き起こした慢性デフレがきっかけでしょうが、日本経済にぴったり固定させた枠組みで株主資本主義と呼ばれます。
市場原理主義の米国型への構造転換をめざした小泉純一郎政権時代、2002年施行の改正商法、2006年施行の会社法は「会社は株主のもの」という株主資本主義への転換を産業界に促しました。
「株主資本」と言えば、資本金を思い浮かべるでしょうが、その大半は利益剰余金が占めます。2022年3月末では資本金の5.7倍に達し、10年前の2.8倍から大きく膨張しました。凡庸な経営者は、株主総会で、成長分野を伸ばすための企業買収の準備金をこれだけ増やしたと胸を張るでしょう。
それは個々の企業にとってみれば最善の選択かもしれませんが、国内がカネを貯め込む企業だらけになってしまうと、国家全体の経済が成り立たなくなります。カネが余ることで株式など金融資産市場がにぎやかになりますが、前述したように実体経済に回らないかぎり、私たち全体の所得は増えません。
カネが国内での設備投資や技術開発に回らないから日本の成長力が失われる。賃金が増えないとGDPの6割を占める家計消費が停滞し、内需不振に陥るのです。
さりとて企業の利益剰余金を一概に否定するわけにはいきません。剰余金が翌年度以降に国内での設備投資に振り向けられるなら大いに結構だし、それにより企業が母国経済の発展と国民の豊かさに貢献すると評価されてしかるべきでしょう。
しかし、多くの大企業は剰余金を海外での生産や企業買収など対外投資に回してきました。加えて政府は二度にわたる消費税の大型増税をふくめ、吸い上げた税金の一部しか民間に返さない緊縮財政を続けたのです。
GDPは消費税増税による消費の低迷のために2018年度から失速した挙げ句、コロナ禍で深く沈みました。2021年度はGDPが前年度を6.3兆円上回りましたが、大きくリバウンドしたのは例によって利益剰余金であり、23.3兆円も増えたのです。
円安をどう活かすか。カギとなるのは賃上げと設備投資です。2022年央の経済同友会の調査では、経営者の7割以上が円安の悪影響を心配しています。そのくせ、多くの経営者が持続的な経済成長に欠かせないとして、環境(E:Environment)、社会(S:Social)、ガバナンス(G:Governance)の頭文字を合わせた「ESG」経営を説くのですが、その前に大幅賃上げに踏み切る気もちがあるのかと、問いただしたくなります。
設備投資のほうはその点、円安が追い風になります。岩手県北上市では旧東芝メモリのキオクシアが1兆円の資金を投じて、世界屈指の半導体拠点を築こうとしています。キオクシアと同じく、かつての超円高のために、韓国や台湾勢に圧倒されて、外資受け入れによる再生の道をとらざるを得なくなったエルピーダメモリ、ルネサスも国内向け超大型投資に動いています。
法人企業統計では2021年度の設備投資が前年度に比べて1.5兆円増えましたが、その大半は中堅中小企業です。
グラフ3―⑦は、資本金10億円以上と10億円未満に分けて、各四半期までの設備投資の年間合計の前年比増減額と円・ドル相場の推移を追っています。
2022年3月までの1年間については資本金10億円以上が前年比で5700億円減ですが、10億円未満は2兆1200億円増です。このうち円資本金1億円未満の企業だけとってみると、1.3兆円増です。
さらに2014年以来の期間に広げると、10億円以上は円安時でも設備投資を抑制し、2020年度以降は大幅に減らしつづけているのです。対照的に10億円未満は円安とともに設備投資を増やしています(資本金10億円以上の大企業は5700億円も減っています)。
日本を担うのは雇用の7割を引き受け、円安をチャンスと考える中小企業、さらに、息を吹き返しつつある半導体など先端技術産業なのです。
田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
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