突出して増えてきたのは利益剰余金
■急激な円安も投機の産物
日米金利差拡大が円売り・ドル買いの投機を招きます。グラフ3―④は、ロシア軍のウクライナ侵攻開始後、間もなく米国の利上げが始まり、それとともに急激な円安が始まったことを示しています。
金利とはその国の通貨の価格を示します。ゼロコストの円資金を市場で調達し、それを売ってドル資産を買えばだれだって儲かります。それを巨額規模で繰り返すのがヘッジファンドによる「キャリートレード」と呼ばれる投機手法です。
では、どこのだれが投機売買用の円資金を提供するのでしょうか。答えは邦銀、つまり日本の銀行です。
前に説明したように、日本の大手の金融機関には異次元緩和の日銀から巨額の円資金が振り込まれます。その主な運用先のひとつが東京オフショア市場です。
グラフ3―⑤は、東京オフショア市場での邦銀の外国の金融機関向けの貸付残高と円ドル相場の推移です。
オフショアとは「沖合い」という意味ですが、銀行の帳簿上だけ国外市場での取引という扱いにして、手元の円資金を超低金利で外国銀行などに貸し付けます。投機ファンドはその資金を調達し、円ドル取引を行うのです。
外国為替市場はグローバルなのでオフショアに流れでた円資金はドルに替えられて安くなり、逆にドルが売られて円が買われて円高になるのです。グラフはこの貸付残高が膨らめば円安となり、縮小すれば円高となる様子を浮き彫りにしています。
円資金が膨張してもGDPが増えないわけ
1日当たりの外国為替取引規模は日本の年間GDPをはるかに上回ります。日銀がその巨大な流れを変えるためには、米国並みの高金利にするしかありませんが、日本経済の衰弱は一層激しくなり、むしろ円売り投機の口実にされるでしょう。
また、日銀が国債購入をやめると、住宅ローン金利をふくむ長期金利の急騰を招いてしまいます。国民は収入をさらに減らし、マイホームもあきらめ、野心に満ちた経営者でも設備投資どころではなくなります。
「悪い円安だ、利上げせよ。量的緩和をやめよ」と騒ぐテレビの解説者や人気ブロガー、全国紙の論説委員たちはせめて企業の財務状況を調べてみてほしい。
先述しましたが、企業財務で唯一V字型回復を果たしている項目があります。企業が税や配当などを払って残った利益の一部を貯め込んだ利益剰余金(内部留保)です。
市場経済とは貨幣経済であり、カネが蓄積されるだけで動かないと、生産も所得も増えません。財務省が実施する法人企業統計中の金融・保険業を除く全業種をチェックしてみましょう。
利益剰余金、従業員への給与、賞与および福利厚生費の年間合計額と名目GDPの推移を追うと、ほぼ一貫して、ほかの項目を圧倒する形で利益剰余金だけが躍動しています。
慢性デフレが始まった1997年度と2021年度を比較すると、利益剰余金は142兆円から499兆円へと357兆円も増えたのに、GDPは542.5兆円から541.8兆円と微減です。
2012年12月からアベノミクスが始まり、GDPは増加に転じましたが、2021年度は2012年度に比べて42兆円増にとどまりました。従業員給与等は4.1兆円増、設備投資は9.9兆円増です。これらは2020年度の新型コロナ不況の影響はあるとしても、利益剰余金は215兆円も増えています。「脱デフレ」を掲げたアベノミクスはそれまでの超円高を是正し、輸出を増やし、企業収益を好転させたのです。
しかし、GDP、設備投資、賃金を圧し、突出して増えてきたのが利益剰余金です(グラフ3―⑥参照)。