(※写真はイメージです/PIXTA)

中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」。実は、いまの米中貿易摩擦の根源となったとも指摘されています。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

インフラ整備をしてインフラを乗っ取る

■激化していく米中対立

 

先にも触れたように、ウクライナ戦争が長期化し、ロシア経済が崩壊状態になれば、戦争終結後には国際金融市場で格好の「餌食」となります。それによって米国のドル覇権が強まるでしょう。

 

その米国に対抗する動きを強めると見られるのが中国です。

 

中国はウクライナ戦争開始以降、ロシアを人民元決裁圏に組み込みつつあります。戦争で経済的に弱ったロシアは中国をますます頼りにせざるを得ないでしょう。ロシアと中国は長大な国境線で向き合っており、歴史的には領土紛争を繰り返してきました。

 

しかし、両国は2015年ごろからドル覇権を行使する米国に対して結束するようになり、ウクライナ戦争をきっかけに関係緊密化を加速させたのです。両国は軍事演習を共同で行い、そして通貨同盟の結成にまで踏み込みました。

 

中国はドルに依拠する経済体制になっていますが、それに甘んじる気は毛頭ありません。じわじわと人民元が通用する経済圏を広げる戦略をとってきました。ウクライナ戦争後、ドル覇権が強まる動きを放っておくこともないはずです。

 

これまでも中国は、人民元の国際化を画策してきました。国際貿易の決済をドルではなく人民元でできるようにしようと目論んできました。しかし、そのたびに米国に阻まれてきたのです。

 

習近平党総書記・国家主席が2013年から推しすすめている中華経済圏構想「一帯一路」は、人民元の支配範囲を広げていく経済構想です。ユーラシア大陸とその周辺にインフラストラクチャー網を建設し、陸海空すべての物流ルートを北京や上海に接続する。

 

中国からユーラシア大陸を経由してヨーロッパにつながる陸路の「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア、南アジア、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ海路の「21世紀海上シルクロード」(一路)のふたつの地域で、中国が中心となってインフラ整備や貿易促進を図り、人民元を徐々に浸透させようとする計画です。

 

具体的には、こんなことが展開されています。まず一帯一路が対象とする地域に、中国の企業がいっせいに進出して港湾などのインフラ・プロジェクトを引き受けます。労働者も中国から大量に送り込む。といっても地域には、その代金を支払う資金がないので、中国の国有銀行が融資します。つまり、建設は中国企業、従事する労働者も中国人、金融も中国の銀行ということで、すべて人民元で完結します。

 

ところが、現地政府との契約はすべてドル建てです。現地側はプロジェクトで巨額の債務を抱え、完成後は返済しなければなりませんが、ドルで支払わなければならないのです。しかも、商業債務である以上、国際金融市場でのドルの基準金利にプレミアムを上乗せした金利コストがかかります。貧しい途上国は巨額のドル債務を返済できなくなります。そうなれば、中国側が契約に基づいて建設した港湾などを100年近く占有する権利を取得します。

 

これが「債務の罠」と呼ばれる手法です。

 

19世紀から20世紀にかけて、大英帝国など帝国主義国家の搾取方法は、武力を使って占領し、政治を支配する植民地システムです。その上で宗主国にとって有利な条件での金融や貿易を押し付けて、現地の富を収奪するのです。そしてインフラについては、支配者にとって必要最低限な整備にとどめています。例えばインドに行けばわかります。最近までは、地方の幹線道路は昔のまま、舗装はほとんどなくでこぼこだらけでした。

 

日本も戦前の一時期、台湾、朝鮮半島、満州を支配したのですが、日本本国向け以上に大掛かりなインフラ整備を行った点で大英帝国とは決定的な違いがあります。

 

今の中国の債務の罠は、大英帝国式搾取よりはましで、少なくてもインフラ整備に貢献していることになりますが、現地を政治支配し、強制的に中国の経済圏に編入させる点では強欲な帝国主義そのものです。

 

代表的な例が、中国が建設を請け負ったスリランカ南部のハンバントタ港です。2017年に完成しましたが、約11億ドル、金利6パーセントの対中ドル債務を返済できなくなり、対価として港の運営権を中国の招商局集団に99年間譲渡する羽目になりました。

 

スリランカは2022年、ロシアのウクライナ侵攻後のエネルギーや穀物価格の高騰で経済危機に陥り、7月には激しい抗議デモのなか、ラジャパクサ大統領が軍用輸送機で夫人や護衛らを伴い近隣のモルディブに脱出する事態になりました。元はと言えば、中国の債務の罠にはまってまともな経済財政運営が困難になったことが伏線になっています。

 

一帯一路の重点地域、アフリカでも、中国の債務の罠にはまるケースが目立ちます。中国が請け負ったケニアのモンバサ港と首都ナイロビを結ぶ鉄道網建設は、2017年5月に竣工しています。総工費38億ドルのうち約9割は中国輸出入銀行からの融資で、工事は中国国営の中国路橋工程が受注しています。

 

中国輸銀への返済は2019年から本格的に始まりましたが、条件は厳しい。日本のケニア向け円借款は、金利が年0.1パーセント、据置期間12年、償還期間40年です。それに対してケニアが中国輸銀から受けた商業借款は、金利はロンドン銀行間取引金利に3.6パーセントを上乗せしており、据置期間5年、償還期間15年と短いのです。

 

ケニアは中国輸銀への返済のめどはたたないままだと言います。契約は14年で、ケニア側は中国側の承諾なしに内容を開示できないと定められているため、詳細は不明ですが、ケニアの地元紙では「返済が滞った場合、モンバサ港の運営権をふくむ国内インフラを担保にするという趣旨の契約を結んでいる」と報じています。

 

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本連載は田村秀男氏の著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

日本経済は再生できるか

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田村 秀男

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