占有したインフラを軍事転用する
ハンバントタ港、モンバサ港ともインド洋に面し、物流のみならず、海洋権益を拡張する中国にとって艦船の主要拠点になり得ます。
一帯一路とは、モノや人の輸出を通じた外貨獲得策であると同時に、占有したインフラを軍事転用して勢力圏を拡張する膨張戦略なのです。
債務の罠はこうして軍事戦略と密接に結び付いているのですが、それは米国の覇権がドルと軍事力で構成されていることを想起させます。しかし、中国の膨張戦略「一帯一路」は、人民元金融は身内の中国企業と中国の銀行大手でのみ完結させ、相手国にはドル債務を押し付ける二重構造です。
もとより、人民元の国際金融は成り立たないのです。人民元金融市場の総本山、上海市場は当局による規制でがんじがらめで、外国の金融機関、企業や投資家が人民元建て金融資産を国外にもち出すことは厳しくチェックされます。
人民元相場は中国人民銀行が前日の対ドル相場の終値を基準にして変動幅を上下2%に限定する管理相場制度です。人民元資産が国外に流出、あるいは蓄積してしまえば、中国当局の管理が及ばない自由な人民元の交換市場と人民元建て金融市場が形成される可能性が出てきます。
そうなると、管理される中国本土での人民元市場と、変動自由な海外の人民元市場が並立してしまいます。これは自由な海外市場に人民元資金が吸い寄せられ、中国本土の管理相場制度が崩壊することを意味します。その場合、当局が人民元の相場をコントロールするための外貨、即ちドル準備も不要となります。
人民元発行はドルの裏付けがなくなり、米日欧並みの通貨金融制度になります。それは大口金融資産(資本)の移動の自由化を意味し、そのときこそ、人民元は国際決済通貨としての資格を得るわけです。
しかし、中国当局は人民元市場と金融資産市場の自由化を拒みます。まず、自由になってしまうと、人民元相場は制御不能になる恐れがあり、暴落、暴騰のいずれの恐れも生じます。それは日本における今年(二〇二二年)前半の急速な円安が示すように、大いにあり得るわけですが、中国共産党はそれが怖い。なぜか?
中国経済システムは、党がカネの流れを支配することで成り立っているからです。
たとえば、党中央は5年ごとに5ヶ年計画を決め、重点分野にカネが優先的に配分されるように計画します。党の権力あってこそです。
そして、毎年秋には党中央が翌年の経済成長率目標を決め、翌年3月の全国人民代表大会(全人代)で政府目標として承認します。政府はその目標をほぼ達成するのが恒例になっています。
なぜそれが可能かというと、党中央が指示する中国人民銀行がカネを発行し、大手国有商業銀行がカネを融資し、国有企業が重要な分野に投資し、党官僚が指揮する地方政府が最終的にカネを配分するからです。
つまり、突き詰めていくと、金融市場と資本の規制が一体となった人民元の管理相場制が共産党による市場経済支配の根本になっているのです。人民元が円のようにフリーフロート(自由変動)となると、共産党中央による経済支配はできなくなり、一党独裁体制そのものの存在意義が失せてしまうのです。
そんな不自由な人民元がなぜ、米国覇権を脅かすことができるのか。
答えは中国共産党伝統戦術、「敵の武器で戦う」からです。敵の主力武器とはこの場合、ドルです。
人民元は主力武器にはなりません。必要なのは敵の武器であるドルです。ただし、対外膨張の足がかりには人民元を使います。それが先述した一帯一路での中国企業、中国の金融機関がプロジェクトを人民元建てですべてこなす方式なのです。
もちろん、プロジェクトの一部を外国企業や地元企業に支払う場合はドルも必要でしょう。
しかし、中国側は原則としてすべてを人民元金融で完結できるようにし、機材も技術者も労働者も中国からできるかぎり動員するのです。
そして、繰り返しますが、相手国の債務はすべてドル建てとし、金利も国際金融市場でのドル市場金利に上乗せするのです。工事に関与する中国企業、技術者、労働者はすべてが中国籍ですから、国内でのビジネス同様、人民元決済で済ませます。
もちろん、中国の銀行はタイミングを見計らって国際金融市場で実際にドルを資金調達し、相手国と融資契約を結ぶでしょうが、逐次相手国にドルでの返済を実行させるのです。
田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
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