子どもたちが忘れている「母の認知症」
よくある話だが、専門家の私から見れば、このケースはあぶない。
子どもたちは、進行途中である「母親の認知症」を忘れている。父親は遺言を書いていないので遺産分割協議が必要になるが、母親の意思能力は大丈夫なのだろうか。
思い出したかのようにAが「親父が亡くなって気落ちしているせいで、母さんはここ最近、ガクンと理解力が落ちた。人との会話はほぼ成り立たない」と話す。そこでBに「成年後見人を付けるしかないか。兄貴、やってくれるだろう?」と言われ、Aは口ごもった。『こんなことで後見人!?』と思ったのだ。
(Aの心の声)遺産分割協議書くらいなんとかならないのか。母の実印はあるし、今ならまだ名前くらいは書ける。しかし家の登記は……そうだ、俺がもらえばいい。しかし俺は公務員だ、不正はできない。やはり成年後見か……。
ここまでの会話で、2人が勘違いしている点がある。Aの心の声であった「遺産分割協議書の不正」のことではない。Bが言った成年後見人の件である。
このケース、2人の考え通りにやすやすと家族が成年後見人に選任されるとは思えないのだ。理由は以下の3つである。
1.遺産分割絡みであること(母親と子は遺産獲得において利益相反する)
2.相続対象は3,000万円もある甲の金融資産であること(法定相続分で1,500万円+母親の預金600万円)
3.加えて、自宅の売却を含むこと(売却により流動資産が急増する)
専門職後見人が「家族の希望を叶えてくれる」と期待しない方がいい!
では家族が成年後見人になれなかったとして、「専門職後見人」(司法書士、弁護士、社会福祉士の3士業)が母親に付けられるとどうなるのか?
まず経済的な側面から考えよう。こちらは最近、多くの人に知られてきた事実でもある。
・申立てに係る費用(20万円~30万円)を除いても、後見人に支払うランニングコストはばかにならない。月額換算するとこのケースでは、4万円~5万円ほどかかる。つまり年間48万円~60万円。
・やがて実家売却も視野に入れたとし、首尾よく売れれば成年後見人に数十万円のボーナスが発生する。
しかし、この辺りはまだ「コスト(費用)の範囲」と割り切れば我慢できるかもしれない。もっと大きな問題は、専門職後見人がいることによって相続が「法定相続分による分割」にほぼ限定されることだ。
甲家の子であるAとBは、当初から「全部母に相続させてもいい」、あるいは「法定相続分の分割」などいくつかのケースを視野に入れていたことが多少の心の支えとなっていただろう。だが、もし甲さんが遺言で「母親の面倒を一生みる代わりに、Aに遺産を多く分ける」というようなことを書いていた場合、多くの専門職後見人は「あの、すみません。それは認められません」といったことを言うはずだ。
金銭的には、母親が著しく冷遇されているように見えるからである。
また「身上保護権」についても忘れてはならない。財産管理において専門職が付される場合、身上保護の後見人も同じ専門職の人が選任されるのが通常だ。
私のこれまでの経験からして、成年後見人は「家族の希望とあえて距離をおく」傾向が強い。これによって家族は、「母には、よい施設に入ってほしい」と願っても、後見人に異なる判断をされる恐れが出てくる。