「妻は子と上手くやってるから大丈夫」は甘い!
みなさん、“次の次の相続”について、考えてみたことはあるでしょうか?
私自身、自分亡き後の相続を考える適齢期。そこで皆さんにもお聞きしたいのですが、「相続」における“次の次の人”とは誰のことでしょう?
「孫に決まってるじゃないか」と多くの人が答えそうですが、本当にそうでしょうか。実は私自身もそんな感覚をもっていました。つい、かわいい孫への相続のことまで考えてしまう。
しかし、その発想は間違っています。「次の次」は「子」のこと。「孫」ではありません。つまり「次の人」は私にとっては「妻」になります。多くの場合、男性は女性より先に死ぬ確率が高いのに、つい妻のことは忘れがち。猛省しなければなりません。「妻は子らと仲良くやっているから相続になっても大丈夫」なんて思っていては、甘い甘い!
日本の相続法の基幹は「民法」です。民法は法定相続人を決め、その取得割合(法定相続分)まで決めています。これは分け方の基準ですが、嫌なら守らなくてもいいんです。ただし、“揉めるリスク”については覚悟しなければなりません。そして、揉めてどうしようもなくなった結果、裁判になったときに、裁判官が拠るべき基準が「法定相続分」です。
民法は、大きなお世話なことに遺留分まで決めています。おおむね法定相続分の半分です。これは“基準”ではなく、“権利”です。相続人が「遺留分を侵害された。取り戻して」と訴えれば、原告が勝ちます。遺留分は相続人の権利です。よい子も悪い子も関係なし、親の主観は汲まれません。お金のことは実にドライに決着します。だからこそ、相続を感情や想いで考えていてはダメで、技術と戦略がなければ通用しないのです。
いまは生前の父のひと声も、影響力ある長兄のにらみも効かない時代
普通の家の相続の話に戻ります。私は一緒に歳をとってきた妻のことを守りたいと考えています。何から守ることを意味するのかというと、「子」からです。身もふたもないような言い方ですが、綺麗事は抜きにしてリアルな現実をいえば、1次相続で、妻と子の利益は相反します。夫の遺産の獲得をめぐって対立関係にならざるを得ません。妻も子も、第1順位の法定相続人だからです。
かつては「1次相続は全部お母さんに」という相続もありました。生前の父のひと声か、影響力のある長兄のにらみも効いたかもしれません。
しかし、今は違います。「平等相続」が定着してきたからです。インターネットの存在もあり、親の相続となれば様々な媒体から知識を吸収して、権利があるとわかればその権利を主張する人が増えてきました。ですが、みんながそれを言い出したらどうなるでしょうか……?
今も昔も、法の決まり通りに“平等”に分けられるだけの資力がある家ばかりではありません。加えて今の日本の都会では、地価が高騰しています。しかしこれまで、国民はこぞってマイホームを建ててきました。大きな借金を抱えながらも、終の棲家を手に入れたのです。「自分が死んだら妻が住み続けるだろう……」。そんな、当たり前と考えられていた発想が、未来(現代)の相続をとてつもなく難しくしている、なんてことは想像だにしなかったでしょう。
「妻にすべてをあげたい」は無茶な願いなのか?
子にも妻と同等の権利があります(同居していない子であっても)。家は多くの人にとって大きな財産です。適切な時機にうまく処分すれば、“年金”のように老後の暮しを援けてくれます。一方で、金融資産は家と相対的に考えると少ない財産です。それだけに、お金は老後を守る大事な大事な糧となります。だからこそ、「家もお金も全て妻にあげたい」考える人も、少なくないのではないでしょうか。
無茶な願いをいかにして通すか、ここからは“相続技術”の話となりますが、問題点を挙げると、大きくは以下の2つとなるでしょう。
❶妻に家もお金も全て相続させたい。すると妻は子の法定相続分どころか、私が遺言を書いたとしても、子の遺留分まで侵害してしまうことになる。残る手は、土地を子と共有するしかないが、子は家を「処分しにくくなる」と喜ばない。
❷妻は高齢なので今後認知症になる確率は高く、妻が遺産を首尾よく得られても、今度はそれが使えなくなるかもしれない。どうしよう……。