「Amazon薬局の日本上陸」に危機感のない業界人たち
オンライン服薬指導の普及、処方せんの電子化など、Amazon薬局が日本に上陸するための環境は整いつつあります。Amazon薬局が薬局市場を席巻する未来はもうすぐそこまで迫っているのです。しかし、このことに対する危機感をもっている人は薬局業界にはほとんどいないのが現状です。
私は日頃から薬局経営者として、そして薬剤師として、さまざまな人と意見交換や勉強会などを行っています。しかし、薬局関係者のなかで「Amazon薬局に対抗するにはどうすればいいか?」などが議論のテーマになることは残念ながらほとんどありません。話題に上るのは次回の調剤報酬改定はどうなるか、医師会との関係、あるいは処方元の医師との関係はどうか、M&Aをすべきタイミングはいつかなど、以前から何度も交わされてきたことばかりです。
「厳しい規制で守られているから大丈夫」という勘違い
また薬局業界の私の知人のなかには、日本の薬局業界には高い規制行政の壁があるため、Amazon薬局は日本では成功しないと考えている人がいます。
確かに薬局業界は、医療用医薬品の対面販売をはじめとするさまざまな厳しい規制があり、容易に外部から新参者が入ることはできないように見えます。しかし冷静に考えてみれば、そもそもそれらの規制は決して薬局や薬剤師を守るものではありません。
当然のことですが、さまざまな規制は患者の安全を守ったり利便性などを確保したりするためにあるのです。つまり、規制の根底にある原則は「薬局の利益よりも患者の利益」なのです。
実際に、薬局業界の歴史のなかで患者の利便性を確保するために薬局経営が打撃を受けてきた例はいくつもあります。
例:2014年の「一般用医薬品のネット販売」解禁
例えば2014年に解禁された一般用医薬品のインターネット販売です。今ではインターネットで一般用医薬品を買えるのは当たり前になっていますが一般用医薬品がインターネット販売されるようになるまでには、消費者の利便性の観点からネット販売を求める通販会社と、命や健康に直結する医薬品は対面販売を原則とする厚生労働省や業界団体との間で熾烈な戦いがあったのです。
当時、規制改革会議の議場で一般用医薬品の販売規制について何度も厳しい議論が行われました。もともと一般用医薬品のインターネット販売については、胃腸薬や消毒薬、ビタミン剤といった副作用のリスクの低い医薬品に限定して認められていました。
しかし、都道府県が医薬品のインターネット販売の具体的な規制には乗り出さなかったため、インターネット販売業界ではそれら以外の医薬品の販売も実質合法であるとの認識が広がっていたのです。そのことについてネット販売の規模が小さいときはあまり問題視されなかったものの、インターネットの普及とともにその規模が拡大していくと、次第に既存の薬局から見てネット販売が脅威になっていきました。
そうしたなかで、薬剤師会などの業界団体や薬害被害者の団体などが中心になって一般用医薬品のネット販売の規制を求めました。その後さまざまな議論を経て、最終的に2009年に改正薬事法が施行され、また「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」が交付されたことでいったんはインターネット販売が禁止されたのです。
この改正薬事法では、一般用医薬品をリスクの高い順に第1類から第3類医薬品へ分類したうえで、第1類と第2類医薬品については、店舗で対面によって販売しなければならない対面販売を原則としました。同時に一般用医薬品を購入しやすい環境をつくるために、医薬品を販売できる新たな公的資格として登録販売者をつくりました。登録販売者に第2類、第3類の医薬品を販売する権限を与えることで、コンビニエンスストアなどで一般用医薬品が買いやすい環境を整える反面、インターネットによる販売は省令により規制強化したのです。
このとき法改正の議論をするなかで、行政が国民から意見を募るパブリックコメント(パブコメ)では「ネット販売禁止に反対」という意見が多かったと報じられています(ITmedia「医薬品の通信販売規制、97%が『反対』意見――パブコメ結果」)。それまでインターネットで購入できていた一般用医薬品を買えなくなることに対する反発は小さくありませんでした。
パブコメには「子どもが小さいので買い物に行けない。インターネットで薬が買えなくなったら不便」「インターネットの店舗のほうが薬の品揃えが豊富で選びやすい」「近くに薬局がない。配送してくれるサービスがないと困る」など、一般用医薬品のインターネット販売を望む声が多くありました。
しかし、厚生労働省はこのようなパブコメの意見があったにもかかわらず、対面販売と比べインターネット販売では専門家による購入者の状態の把握などが難しく、購入者に安全・安心な医薬品提供ができないという理由から「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」を交付したのです。
ところが、この規制に不服を唱えたインターネット通販会社が一般用医薬品のインターネット販売容認を求めて、国を相手に訴訟を起こしました。1審は通販会社が敗訴したものの2審では逆転勝訴し、最終的に最高裁でも通販会社が勝訴しています。
裁判では、一般用医薬品の販売において、インターネット販売特有のリスクは認められなかったことなどが判決の決め手となりました。こうして一般用医薬品のネット販売は事実上解禁され、今では多くのインターネット通販で一般用医薬品が手に入るようになりました。
このような経緯から、今後も安全面で問題のない範囲では、患者の利便性が尊重されることは間違いありません。そのため厚生労働省などの規制だけでAmazonの侵入を阻むことは不可能だと、私は考えています。
利便性を最大の武器とするAmazonといかに対抗するか
日本にはいくつかの薬局、薬剤師などの団体があります。薬剤師の職能団体である日本薬剤師会や大手調剤チェーンの団体である日本保険薬局協会、さらにドラッグストアの団体である日本チェーンドラッグストア協会、一般用医薬品の販売だけに限っていえば日本医薬品登録販売者協会などもあります。
ここに挙げた団体のなかで、最も古くからある代表的な薬剤師の団体は日本薬剤師会です。日本薬剤師会は、医薬分業の黎明期を支えた中小規模の薬局の会員を多く抱えているという特徴があります。これに対して日本保険薬局協会は誰もが名前を聞いたことのある、大規模な薬局チェーンなどが集まった団体です。
これらの団体はもちろん、同じ業種に身をおく団体として時に一致団結して協力体制を取ることもあります。しかし個人経営や中小規模の薬局と大規模チェーンの薬局では、経営スタンスや調剤報酬に対する姿勢などが大きく異なるケースが少なくありません。そのため日本の薬局業界には昔からチェーン薬局同士の縄張り争いや、日本薬剤師会と日本保険薬局協会との対立構造などが存在します。
しかし、もはや薬剤師同士、薬局同士が張り合っている余裕などありません。私たちの最大の脅威はAmazon薬局であり、その脅威はもうすぐ目の前まで迫っているのです。たとえていうならAmazon薬局は浦賀にやって来た黒船です。ペリーが軍事力で江戸幕府を圧倒したならば、Amazon薬局の武器は圧倒的な利便性です。
Amazonが、本気で日本の薬局市場を奪いにきたとしたら、薬局は根こそぎ患者を奪われてしまいます。規制のぬるま湯に慣れ過ぎて、自ら進化することを忘れてしまった今の薬局・薬剤師に、立ち向かうすべはありません。
ならば座してAmazon薬局に侵略されるのを見ているしかないのかといえば、もちろんそんなことはありません。私自身、信念をもって作り上げてきた自分の薬局をみすみすAmazonに明け渡すつもりなど毛頭ありません。
今こそ私たちは、どうすればAmazon薬局という巨大な脅威に立ち向かうことができるのか、生き残りをかけて全力で考えなければならないのです。
渡部 正之
株式会社メディカルユアーズ 代表取締役社長、薬剤師