日本も「箱出し調剤」へ移行しなければならない
■薬を「箱ごと」渡す海外、「箱から必要な錠数を取り出して」渡す日本
私は完全自動調剤技術の開発に挑戦し「自動入庫払出装置」「自動薬剤受取機」「医療情報連携基盤」という3つのアイデアで調剤ワークフローの多くの部分を自動化することに成功しました。しかし、日本で完全自動調剤技術を完成させるためには、錠剤の数を数える行為をどのようにして自動化するかという問題が最後に残されています。
私はこの難問に挑戦し、3年間、さまざまな産業で使用されているあらゆるロボットを研究して必死になって自動化する方法を考えました。しかし、いくら探しても答えは見つかりませんでした。
計数調剤の自動化はできないのだと思い諦めかけたとき、私はひらめきました。自動化が不可能なら、計数調剤をしなければよいのではないか、計数調剤の文化自体をなくしてしまえばよいのではないかと発想を逆転させたのです。そして、この問題を解決する唯一の方法は医薬品の包装単位を変えることだということに気づきました。
結論から言うと、現在はほとんどの医薬品が100錠と1000錠の単位で包装されていますが、これを7錠と30錠の包装単位に変えるだけで、問題は解決できるのです。
本来であれば、日本も海外と同じように箱出し調剤にして、薬がなくなったら受診させるというのが最もシンプルな解決策です。しかしこのやり方は、包装単位が100錠の現状では日本全国の医師のコンセンサスを得ることは不可能です。しかし、包装錠数を7の倍数か30の倍数にすれば、医師の処方パターンのほとんどをカバーすることができるので箱出し調剤をすることが可能になります。そして変則的な日数の処方をする場合のみ計数調剤を行えばよいのです。
あるいは、薬局が受けている処方せんの錠数のパターンを解析して、あらかじめよく処方される錠数を医薬品卸の流通センター内の分譲サービスを利用して、監査のために中身が見えるよう透明な箱にリパッケージした商品を納品してもらう方法でも、薬局における計数調剤の手間を省くことができるはずです。
医薬品の包装を変更するにはすべての製薬会社のコンセンサスが必要になるので、まずは医薬品卸の分譲サービスを利用する方法を普及させて、製薬会社の包装変更が進めば箱出し調剤に完全に移行すればよいと思います。
この2段階の方法によって、“日本版箱出し調剤”が可能となり、錠剤ピッキングにおける完全自動調剤技術は完成すると私は考えています。
計数調剤から箱出し調剤に文化そのものを変更するのは大変なことのように思えるかもしれません。しかし、第2回医薬品包装に関するセミナーにおいて、ソーシャルユニバーシティ薬剤師生涯学習センター・センター長である土橋朗先生の講演「世界の箱出し調剤と日本の現状」により「実はヨーロッパでも計数調剤から箱出し調剤に移行した歴史がある」という事実を知りました。土橋先生は講演のなかで、「調剤室から消えた薬剤師」(葛西美恵)および「薬剤使用状況に関する調査研究報告書(平成26年3月)」(医療経済研究機構)のデータをもとに、ヨーロッパの調剤の歴史について解説を行いました。
土橋先生によると、ヨーロッパでも1992年以前は現在の日本と同様に計数調剤が行われており、箱出し調剤は2000年頃から急速に普及したそうです。きっかけとなったのは1992年のEU指令92/27で、患者に供給されるすべての医薬品に患者向けの添付文書(PIL)を同梱して、製造ロット番号および使用期限をラベルに記載するよう定められたのです。さらにその後、電子処方せんが導入されたことも箱出し調剤普及の要因の一つだったといいます。
私は日本もこの歴史をたどる必要があると考えています。医薬品を箱に入ったまま患者に受け渡しすることはトレーサビリティの向上につながりますし、なにより箱出し調剤に移行し完全自動調剤を実現すれば、対物業務にかかる時間が大幅に削減されるため対人業務を充実させることができます。医薬品流通の安全性確保、医療費抑制や目前に迫るAmazon薬局等の問題を考えると、箱出し調剤への移行は積極的に検討しなければなりません。
今進めるべきは、ロボットを活用したタスクシフト
■ロボット活用でマンパワーを引き出さなければ、高齢化は乗り切れない
世界的に見ても高齢化率でトップを独走する日本では、間近に2025年問題や2040年問題が控えています。2025年になると、1947~1949年に生まれたいわゆる団塊の世代がいっせいに後期高齢者となり医療や介護の負担はさらに増大するのです。
日本全体では生産年齢人口や総人口が減り続けるなかで高齢者は増え続け、2036年には高齢者の割合は33.3%で3人に1人になるとも試算されています。さらに2040年頃には団塊ジュニアが高齢者となります。その後、高齢者人口は減少するものの、65歳になる人が出生数を上回ることから高齢化率は上昇を続け、2065年には38.4%(国民の約2.6人に1人)が65歳以上の高齢者になると予想されています(内閣府「令和3年版高齢社会白書」)。
国民年金制度ができた1960年代には約9人の現役世代で1人の高齢者を支える胴上げ方式だったものが、約3人で1人を支える騎馬戦型になり、やがては約1人の現役世代が1人の高齢者を支える肩車式社会が到来するといわれているのです。
超高齢社会を乗り切るには、医師も薬剤師もすべての医療・介護職がよりクリエイティブに、それぞれの職種でしかできないことに集中するしかすべはありません。効率化、ICT化、そしてロボット化を進めることで専門職を単純作業から解放し、今あるマンパワーを最大限に引き出さなければ、超高齢社会を乗り切ることなど困難です。
特に今後を見据えて進めるべきなのは、ロボットを活用したタスクシフトです。薬剤師業務をロボットに移管することで、超高齢社会で必要とされる高度急性期医療、先進医療に充てるマンパワーと財源を確保することができるからです。
厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査」によると、2019年度の医師の平均年収は約1169万円、薬剤師の平均年収は約562万円です。また厚生労働省「令和2(2020)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」では2020年時点での全国の医師数は約34万人、薬剤師数は約32万人となっています。このことから、現在の医師の業務には1169万円×34万人=約3兆9746億円、薬剤師の業務には562万円×32万人=約1兆7984億円の人件費がかかっているといえます。
今後薬剤師の業務のうちの約半分を占める対物業務をロボットが担うようになれば、単純な労働量だけで計算すれば薬剤師の半数(約16万人)に、病棟等における薬学的管理や薬剤の投与量変更などの医師の業務のうち、薬物治療に関わる多くの部分を移管することができます。そして、その分医師はそれまでとは違う業務、例えばより高度な急性期医療や先進医療に携わることが可能になります。つまりロボットへの薬剤師業務のタスクシフトによって医師のマンパワーを引き出すことと人件費の削減につながり、超高齢社会を乗り越えるための医療に充てることができるのです。
渡部 正之
株式会社メディカルユアーズ 代表取締役社長、薬剤師
兵庫県神戸市出身。薬学部卒業後、製薬会社のMR、薬局薬剤師を経て、2011年にメディカルユアーズを創業。2019年3月に日本初のロボット薬局(自動入庫払出装置)を大阪梅田で開発した。薬局業界の旧態依然とした体質に危機感をもち、ロボット、ICT、AIを用いた自動調剤技術の研究開発に積極的に取り組むなど異端児として新たな展開を行う。
薬剤師の本来の職能発揮を提唱し、職能レベルの向上・職域拡大、働きやすい環境づくりに力を注いでいる。