「平屋なら老後も安心」…60代夫婦が選んだ郊外移住
会社員の絵里さん(仮名・41歳)は、半年前に両親が郊外の平屋へ移住したとき、少し寂しさを覚えながらも安心していました。
父の正義さん(仮名・68歳)は定年退職後、母の和子さん(仮名・66歳)とともに、都内のマンションを売却。車で郊外へ1時間半ほどの地域にある中古の平屋を購入しました。
「階段もないし、庭もある。年を取ったら、こういう家のほうがいいだろ」
正義さんはそう話していました。
絵里さんも、父の言葉には納得していました。都内のマンションは便利でしたが、管理費も高く、部屋も手狭です。両親は「自然のある場所で、静かに暮らしたい」と何度も話していました。
移住直後は、写真もよく送られてきました。庭に植えた花、近くの直売所で買った野菜、夕方の空。
「お母さんと散歩してる」
「空気がいいぞ」
父のメッセージには、どこか誇らしさがありました。
ところが、3ヵ月ほど経った頃から、連絡の頻度が減っていきます。絵里さんが電話をしても、父は短く答えるだけでした。
「元気だよ」
「何も変わらない」
母も、「こっちは大丈夫」と繰り返します。それでも絵里さんには、どこか引っかかるものがありました。
半年ぶりに実家を訪ねたのは、秋の終わりでした。玄関を開けると、父が廊下の奥から顔を出しました。
「どちら様…?」
一瞬、冗談だと思いました。しかし、父の表情は笑っていませんでした。絵里さんは言葉を失いました。
「私だよ。絵里だよ」
父は少し間を置いて、ようやく「ああ」と言いました。その反応に、絵里さんの胸はざわつきました。
家の中に入ると、さらに違和感が増しました。食卓には薬の袋がいくつも置かれ、飲み忘れたものもありました。冷蔵庫には同じ惣菜が複数入っており、賞味期限の切れた食品も混ざっています。
庭は雑草が伸び、父が楽しみにしていた家庭菜園はほとんど手つかずでした。
「お母さん、これどうしたの?」
絵里さんが尋ねると、母の和子さんは困ったように笑いました。
「最近、お父さんが少しぼんやりすることが増えてね」
