初めての調剤薬局で知った薬剤師業務の実態
薬局では患者が来たらまず処方せんを受け付け、記載されている保険者番号、氏名、生年月日、性別、区分、医療機関名、医師名、交付年月日、処方内容などを確認します。そして処方監査(医薬品名や用法・用量、服薬方法などが適切かどうかを確認)したのち、薬歴やお薬手帳を照合して併用薬の有無などを確認するのです。このほか患者からの聞き取りで、これまでの服用状況や残薬の有無なども確認します。これらの業務を行ったうえで調剤業務、服薬指導へと進むのです。
処方監査やそのあとに行う服薬指導などは専門性が求められる業務だと思います。患者の服薬状況を確認して副作用の発現がないかをチェックし、アドヒアランス(服薬などの治療方針の決定に患者が積極的に関わり、その決定に沿って治療を受けること)を得るためのアドバイスをすることなどは、薬のプロである薬剤師にしかできません。
しかし薬剤師が行う一日の業務のうちの大半を占める調剤業務の実態は単に処方せんに書かれた医薬品を薬棚から取り出して取りそろえる作業の繰り返しです。調剤室で薬剤師はひたすら薬棚から医薬品を取り出して数を数え、PTPシートをはさみで切って輪ゴムでしばり、かごに入れて払い出します。
ここで求められる能力は薬学の専門知識でもなければコミュニケーション能力でもありません。患者に寄り添う医療人としての心でもありませんし、他職種への提案する能力でもありません。
調剤業務で求められる能力は、単なる「スピード」と「正確性」です。薬剤師は調剤台と薬棚を往復しながら、機械的に薬をそろえる作業をして一日の大半を過ごさなければなりません。患者と向き合う余裕すらもてず、ひたすら目の前の処方せんをさばくことだけで手一杯になってしまいます。これは高度な専門性をもつ薬剤師が行うにふさわしい業務とはいえません。
調剤後に打ち出す薬袋の作成も、薬剤師の専門性というよりはミスなく正確に、そしてできるだけすばやく対応することが求められる単純作業です。また、定期的に発生する棚卸しも単純作業の要素が強いといえます。薬局にとっての重要な資産ともいえる薬の在庫管理は大切な業務ですが、在庫リストに沿って医薬品の数を確認していく作業は、薬剤師の専門性の発揮や仕事のやりがいには直接つながらないことがほとんどです。
薬学部が6年制になるも、実務では専門性を発揮できず
2006年、薬学教育はそれまでの4年制から6年制へと変わりました。今では6年間の教育を受けた多くの薬剤師が現場で活躍しています。なぜ6年制にしたかというと、薬剤師の臨床能力を高めるためです。薬物療法が高度化・専門化するなかで、それに対応する薬剤師を養成するために、患者とのコミュニケーション能力などを含めた臨床能力を高めるのが6年制の目的のひとつでした。
それまでは実習といっても短期間の見学だけだったものが、6年制になってからは長期実務実習が導入されて、薬剤師になる前に薬局や病院の現場をしっかり体験できるようになりました。
医師、歯科医師と並んで教育年数が6年間になり、医療チームの一員として薬剤師はさらに高度な力を発揮できるようになるはずでした。しかし実態は、単なるピッキングマシーンさながらの流れ作業に貴重な労力を割いているのが現状です。
薬学部で薬理学や病理学、薬物治療学、薬物動態学などの高度で専門的な内容を学んできた薬剤師がそのような単純作業に従事していることを目の当たりにし、私は大きな衝撃を受けました。
(これは、私が工場勤務時代にやっていた流れ作業とまるで同じではないか。薬剤師のような高い専門性をもつ人たちが、なぜ、このような単純作業に従事しなければならないのだ)
こう考えると同時に、薬剤師に対しても疑問を覚えました。
(彼らはなぜこのような単純作業を強いられて、誰も文句を言わないのだろう。「自分たちは薬の専門家だ! もっと専門性の高い仕事をさせろ! 患者ともっと関わらせろ!」と、どうして言わないのだろうか)
薬学部を卒業してそのまま薬剤師になった人、つまり薬局業界しか知らない人たちにとっては「調剤業務=薬剤師にしかできない業務」という認識が当たり前で、だから疑問に思ったり不満を感じたりすることもないのだと思います。しかし私は「棚から薬を取って来ることのどこが専門的な業務なのだ?」と、疑問に思わざるを得ませんでした。
批判が吹き荒れる医薬分業
また、医薬分業への批判に対する薬剤師たちの姿勢にも違和感を覚えました。
医薬分業が進むに伴って、日本医師会などから分業に対する批判が行われるようになりました。例えば2012年の日本医師会総合政策研究機構「医薬分業、後発医薬品使用促進の現状と薬局および後発医薬品メーカーの経営」では、医薬分業のメリットとして挙げられる医師と薬剤師とのダブルチェックによる安全性の向上などについて、十分なエビデンスはないという指摘がされています。
また過去の総合規制改革会議や日医総研報告書などで、医薬分業は病院と薬局をそれぞれ訪れる必要があり二度手間になる、費用が高くなるなどの批判を受けたこともあります。
批判の大きな原因の一つとしては、増え続ける調剤医療費が挙げられます。
医療費を抑制しようという目的もあって進められてきた医薬分業ですが、ふたを開けてみれば調剤医療費は抑制どころか青天井に増え続けています。2019年度の国民医療費は44兆3895億円で、2018年度より9946億円増加しています(厚生労働省「令和元[2019]年度国民医療費の概況」)。
このうち調剤医療費は7兆8411億円で、医療費全体の約2割を占めています。処方せん発行枚数が少なかった2000年頃は全医療費のなかの8割を医科(医師や病院への報酬)が占めていて歯科と調剤がそれぞれ1割前後でした。このような調剤医療費のあまりに急激な伸びに対して、医薬分業は各方面からやり玉に挙げられる結果になりました。
また過去に行われた規制改革会議では、医療機関の周りに門前薬局が乱立しており服薬情報の一元的な把握などが十分に発揮できていない(患者本位の医薬分業ができていない)ことや、患者の医療費負担が増加する一方で、それに見合うサービスの向上や分業の効果などが実感できていないことなどが指摘されています(厚生労働省「かかりつけ薬剤師・薬局に関する調査報告書」)。
薬局業界で起こった度重なる不祥事も医薬分業に対する批判につながりました。例えば2015年に全国紙で大きく報道された、無資格者に調剤をさせていた事件があります。
薬剤師資格のない事務員に飲み薬の調製や塗り薬の混合、さらには服薬指導までを行わせていたことが分かり大きな問題となりました。
同時期に薬歴未記載問題も起こりました。
薬歴は正式には薬剤服用歴といい、患者に処方した薬の種類や分量などの記録を指します。薬歴には処方した薬のこと以外にも患者の個人情報やアレルギー歴・副作用歴、既往歴など適切な服薬指導を行うために必要なさまざまな情報が書かれています。そして薬歴の記録や薬歴に基づいた服薬指導などは、薬剤服用歴管理指導料という調剤報酬の算定要件となっていました。
ところが、あるドラッグストアチェーン子会社の運営する薬局が算定要件である薬歴の記録を行っていないにもかかわらず薬剤服用歴管理指導料を請求していたことが、2015年2月に報道により明らかになったのです。さらにその後、別の薬局でも薬歴未記載が発覚しました。そして、この問題を受け日本薬剤師会などをはじめとする業界団体が自主点検を行った結果、2014年に算定された処方せんについて約81万件にも及ぶ薬歴未記載があったことが判明したのです。
薬歴管理は、患者一人ひとりの状況を把握してより安全に薬物療法を行うことにつながるという点で、医薬分業のメリットの一つであるといえます。そう考えると、薬歴を記載しないで投薬していた薬剤師に対し、激しい批判が起きたことは無理からぬことです。
医薬分業への批判は私が調剤薬局に勤務していた当時から行われていましたが、薬剤師たちは批判を受けてわが身のことと思い襟を正したかというと、決してそうではありませんでした。どれほど医薬分業が批判されても、普段の業務で患者から直接「分業など意味がない」と罵倒されることなどないため、自分ごとととらえられる薬剤師は残念ながら多くはなかったのです。
多くの薬剤師が、心から患者のことを考えて日々仕事に取り組んでいることは間違いありません。しかし社会から医薬分業の効果が感じられないと評価されていることは、厳然たる事実として受け止めるべきだと思います。
「対物業務」から「対人業務」へ
私は調剤薬局で薬剤師業務の実態を目の当たりにしたとき、自分が経営者になったら薬剤師にピッキングなどの単純作業はすぐにでもやめさせ、薬剤師にしかできないことに専念できる環境をつくろうと心に誓いました。
その思いを胸に抱いたまま、2014年に第1店舗目をオープンしたのを皮切りに、関西を中心にいくつかの薬局を経営してきました。そして8店舗目の薬局をオープンした頃に、ついに薬剤師を単純作業から解放するための解決策を見つけることができたのです。それは著書のタイトルにもなっているロボット薬局です。
ロボット薬局は、薬剤師としては誰よりも寄り道をしてきた私が「なんとしても薬剤師を単純作業から解放したい」と考えて、執念で見つけた答えです。ロボット薬局を十分に活用することができれば、もう二度と「医薬分業にメリットを感じられない」などと言われて悔しい思いをする必要はなくなります。
またロボット薬局は、目前に迫るAmazon薬局の脅威に打ち勝つ最強の武器になります。
薬局がどれほど厳しい規制に守られていたとしても、Amazon薬局はそれを壊す破壊力をもってやって来ます。その際、かかりつけ薬局・薬剤師がAmazon薬局に対抗するためのキーワードとなるのが「対人業務」です。患者から「薬や健康に関することは何でも相談できる」というかかりつけ薬局・薬剤師としての信頼を得てさえいれば、Amazon薬局など怖くはありません。
薬剤師は今こそ単純作業や対物業務から解放されて、対人業務を中心とした薬剤師職能を発揮できるクリエイティブな立場へと進化していくべきです。そしてロボット薬局は、薬剤師の業務が対人業務中心へとシフトしていくうえで重要な役割を果たすと私は考えています。
渡部 正之
株式会社メディカルユアーズ 代表取締役社長、薬剤師