「治る認知症」もある
患者さんの家族に時折もの忘れ専門外来を紹介してほしいと依頼されることがあります。そのときは、紹介する前に「治療可能な認知症」を見落としてないか自問自答します。
治療可能な認知症としては、以下のようなものがあります。
1)正常圧水頭症
2)慢性硬膜下血腫
3)脳腫瘍
4)甲状腺機能低下症
5)アルコール脳症
6)脱水
7)ビタミン欠乏症
8)うつ病や不眠、降圧薬など種々の薬による副作用
9)その他
これらの可能性を見逃さないことが重要です。
開業医としてまず行うべきは、頭部MRI検査を委託することです。
開業医でも脳MRI検査機関とうまく連携できれば、前3疾患については除外診断できます。うつ病や薬の副作用の心配がある際には専門機関を紹介するといいでしょう。それ以外の原因については、患者さんやその家族からの情報をきちんと取ることによって診断はつくと考えられます。
上記での診断がつかない場合には、念のため、患者さんの家族が希望する物忘れ外来を紹介することにしています。
「グレーゾーン」は病院の治療を受けられない!?
■認知症の前段階、「MCI」と診断された場合
精密検査の結果、軽度認知機能障害(MCI)と診断された場合には、多くの専門医療機関からの返事は「経過観察」となります。
そのため患者さんの家族は、ビタミンB群、葉酸、ビタミンC、イチョウの葉、βカロチンなど、巷で色々と言われ宣伝されている民間療法にすがっているのが実情です。ただし、いずれの投与も統計上効果なしと判断されています。
私は、MCIと診断が出た時点から医療機関は行政と協力しあって、以降で述べるような「運動を行う環境作り」をすべきだと思います。
■アルツハイマー認知症とされた場合
念のため、今保険が利く既存の投薬を行うことになります。また、現在治療として行われている降圧薬、糖尿病薬、脂質薬などの医薬品による各生活習慣病の治療を並行して行なっているのが現状です。
現在の医療では、認知症の診断をつけたとしても、薬だけではまだアルツハイマー型認知症の進展予防はできないというのが一般的な見解です。
とはいえ、もちろん自分に合っていて続けたいという健康食品があれば、それを否定するものではありません。むしろ私はそのような健康食品や新薬に期待している一人でもあります。
私は個人的には患者さんや家族の方が試してみたいという何か健康食品などがあれば自己責任において3ヵ月間試してみてくださいとアドバイスしています。
やはり薬だけでなく「運動」が大事
脳トレーニングにはやや効果があったようです。しかし最も効果があったものは運動であったという結果もあります。これは私にとって意外でもあり、また当たり前でもある結果でした。マイオカイン(後で説明します)がその役割を果たしているのかもしれません。
オムロン ヘルスケアは、アルツハイマー型認知症予防にオススメの運動方法として、以下を挙げています。
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●ウォーキングや軽いジョギング、サイクリングやエアロバイク(自転車こぎ)などの有酸素運動が良い。
●強い運動を週1回やるよりも、30分程度の運動を週3~4回程度おこなうことが大切。理想は毎日おこなうこと。
●運動の効果は短期間でみられることもあるが、半年から1年程度は運動を続けることで効果が明確になる。
●義務的におこなうのでなく、楽しみながら運動をすることが大切。
●運動をしながら、同時に脳に負荷をかける(頭を使う)とより効果的。たとえば、からだと脳を同時に使う運動プログラムを開発した国立長寿医療センターでは、ウォーキングや踏み台昇降をしながら100から3を引き続ける計算をしたり、2~3人でしりとりをしながら歩く方法などを推奨している。計算は次第に慣れてしまうので、100から7を引き続けたり、3と9を交互に引くなどの変化をつけ、脳に新しい刺激を与える工夫をしましょう。
【出典】オムロン ヘルスケア株式会社
『vol.133 アルツハイマー病の予防は運動と睡眠で』(https://www.healthcare.omron.co.jp/resource/column/life/133.html)
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素晴らしいことだと思いますが、これらを実行するためには社会の組織的協力が欠かせません。場所の提供、交通機関のサービス、公共施設サービスの充実が必要です。
「自宅をスポーツジムへ」をスローガンに
「やはり一人ではやらないかも」「人とのコミュニティーケーションの効果が期待できない」という懸念もあるかもしれませんが、私は、誰にでもできる運動として以下を提案します。
これらのうち、できることから始めましょう。どの運動も呼吸を止めないで行うことです。
1)スロースクワット
勢いをつけないでゆっくり5〜10秒程度かけて下がり、動きを止めず同じようにゆっくり上がります。この動作を2〜5分程度行ってください。
2)全身の筋肉を緊張させた壁押しや、相撲取りの「鉄砲」
全身の筋肉を意識して、自分が出せる力の70%ほどを使って壁や柱を押します。この状態を7秒ほどキープしたら、少し休みます。この動作を5分程度行ってください。
3)体力に合わせた腕立て伏せ
これも5分程度、自分のペースで行ってください。きついようなら膝をついてもいいですが、70%ほどの力を込めて行うこと。自分に合った動作でアレンジして構いません。筋肉に力をみなぎらせることを意識してください。
4)適度な重さのダンベルを利用する。
5)美木良介氏の「ロングブレス」のような運動もいいでしょう。
まずは出かけなくても自宅でできる最低限の運動として上記を提案します。
とはいえ、再確認ですが、アルツハイマー型認知症を予防する上で集団行動は大切であり、欠かせないとも思っています。
運動に予防効果が期待されるワケ…マイオカインとは?
さて、先述した「マイオカイン」とは、筋肉から分泌されるホルモンの総称です。マイオカインには多くの種類があり、動物実験では、糖尿病や動脈硬化、それに認知症などにもいい影響があるとの報告があるようです。運動して筋肉をしっかり刺激すると、筋肉から体にいいとされるいろんな種類のホルモンが出てくるようです。
マイオカインはまだ人においての確固たる臨床データはないと思いますが、動物実験の結果から期待しています。
「生活習慣病が引き金になる認知症」には地道な予防を
上記にも書きましたが、現在治療として行われている降圧薬、糖尿病薬などの医薬品による各疾患の治療を施しても、こと認知症予防や進展予防に関しては、いずれも効果が認められなかったと報告されました。しかしそうでしょうか?
もしかしたら、生活習慣の介入時期が遅すぎるのかもしれません。
確かにアルツハイマー型認知症が“できあがって”しまえば、現時点では特効薬はありません。
日本ほど皆保険のもと健康診断が行われている国は、世界に類を見ません。しかしその健診が本当に効果を上げているかを疑問視する意見もあることも事実です。
私が特に臨床現場から実感することは、健診の結果を具体的な治療にいち早く結びつけていなケースがあまりにも多いのではないか、ということです。
生活習慣病を無視していると、たとえ何の症状がなくても、脳小血管病変が潜んでいるかもしれません。血圧やコレステロール、さらには糖尿病などの治療をしたくない人こそ、精度の高い脳MRI検査を受けてください。脳微小出血、無症候性ラクナ梗塞または白質病変が見つかるかもしれません(詳しくは関連記事『「無症状だから大丈夫」?働き盛りの人が「脳」や「心臓」で倒れないための“検査”』をご参照)。
これらの所見がある方は、将来的な麻痺を伴う脳梗塞の危険性はもちろんのことアルツハイマー型認知症のリスクが高まります。認知症を発症してからでは、いい治療法は現在のところありません。発症予防としてこれらの地道な治療は欠かせません。
これからは人生100年という長寿社会が話題になっていますが、健康寿命が問題です。認知症の状態が長く続いたり、足腰が弱って、意識があってもオムツを履かされざるを得ないなどは誰も望まないはずです。
医療業界の中には、血圧もコレステロールもあまり薬を使わないほうがいい、薬屋の宣伝マンとしての医者が多いと言う同業者もいて、マスコミや雑誌に投稿しているのをたびたび見かけます。それらに関しては人それぞれですので、患者の皆さんは信頼できる主治医としっかり相談してください。
まとめ:今できることから始めよう
上述の運動療法は、まず万難を排してできる運動を習慣付けることが大切です。
また、上記のごとく血圧、コレステロール、糖尿病などの生活習慣病に気づいた段階から治療することは大事だと思います。
生活習慣とは関係ない機序のアルツハイマー病は、科学や医薬品の進歩に待つしかありません。
今できることを自己責任で行いましょう。
團 茂樹(だん しげき)
宇部内科小児科医院 院長
総合内科専門医
日本大学医学部附属病院で血液のガン治療に従事した後、自治医科大学へ国内留学、基礎研究分野の経験を経て大学病院や地方病院に勤務。その後、遺伝子研究の本場・カナダオンタリオ州立ガンセンターで遺伝子生物学に関する基礎研究に従事。帰国後、那須中央病院の内科部長を経て、宇部内科小児科医院副院長に就任。その後3年間、千代田漢方クリニック院長を兼任。
以来16年余り漢方治療を導入。2010年から現職。2015年に総合内科専門医を取得。総合臨床医として様々な症例に携わるとともに、臨床で培った経験や医療情報の中から選りすぐったアドバイスを行うダイエット法には定評がある。
著書に『糖尿病は炭水化物コントロールでよくなる』(2022年6月刊行、合同フォレスト)がある。