財務官僚が消費増税をそそのかす理由
■やはり最後は政治の仕事
日本のGDPの50%相当のお金の配分を決める財務官僚が経済成長に関心を持たないのはなぜでしょう。
経済成長させることは「財政出動をしろ」「均衡財政を捨てろ」ということに繫がります。彼らはその議論に巻き込まれることを恐れているのでしょう。この根本には「財政法第四条の問題」があると言われますが、「財政法第四条」は「憲法第九条」と一体の問題だと思います。つまりアメリカが日本を「戦争できないようにした」ことの縛りです。
財政法はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による被占領下の1947年に出来た法律です。その第四条に〈国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。〉とあります。これこそまさに財政均衡主義そのものであって、「国の歳出は税収だけにしろ」と定めてあるようなものです。
日本共産党は『しんぶん赤旗』で〈この規定は、戦前、天皇制政府がおこなった無謀な侵略戦争が、膨大な戦時国債の発行があってはじめて可能であったという反省にもとづいて、財政法制定にさいして設けられたもので、憲法の前文および第9条の平和主義に照応するもの〉と説明しています。
国家主権を自ら制限するもので、いかにも日本共産党の言い分ですね。しかし、共産党が墨守する憲法解釈に、保守を自称する与党の政治家の大半が縛られるのは奇々怪々と言うしかありません。
そもそも憲法は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の尊重を謳っています。政府が財政均衡主義を貫くことでデフレ不況を引き起こし、経済をゼロかマイナス成長にしてしまうことは、国民が幸福になる権利をブチ壊すようなものです。
官僚の第一義は出世です。財政法が財政の基本に関して定めた法律である以上、そして財務官僚が出世を望む以上、彼らが財政法に忠実であることは当然のことです。そういう意味では財務官僚が財政均衡主義者なのは当然のことなのです。
財務官僚が仕事に忠実であるのは間違いありません。しかし、財務官僚が国家全体の経済を運営するとなると話は違います。国家全体の経済を運営し、責任を持つのは内閣であり総理大臣です。あるいは国会です。そういう意味で政治に責任があるのです。
その総理大臣や財務大臣に、財務官僚が「社会保障財源はどうするのですか。高齢化が進んで社会保障費は確実に毎年1兆円ずつ増えるのですよ。次世代型社会保障の財源も必要です。消費税の税収が増えれば、確実に財源に出来ます」と説得に入るのです。
しかも消費税収は税率を上げると必ず上がります。家計の消費は所得や企業収益に比べて基本的に景気の影響を受ける度合いが少ないからです。それで「安定的な財源になるから、消費税の増税はしたほうがいい」と。説得力はあります。
しかし、この論法でいけば、毎年1兆円くらい消費税の税収を上げるため、税率を上げつづけないといけなくなります。それこそヨーロッパ並みに税率を25%くらいにしないといけません。
IMFが2019年11月、日本経済について分析した報告書を公表しましたが、そのなかで増えつづける社会保障費を賄うため、2030年までに消費税率を15%に上げる必要があると提言しています。さらに複数の日本の有力経済学者も、批判せずに丸ごと同調しています。
税収の確保ということでは、景気を良くして税収を増やすという考え方がまっとうですね。これに対して財務官僚は「それでは税収が予測できない」と言います。つまり法人税や所得税に頼ると税収は景気に左右される。見通しがつかない。「景気が悪くなったらどうしますか。そうしたら予算も増えませんよ」というような話ばかりします。一方で「社会保障費は確実に毎年増えますから、安定した財源が必要です。だからこれを消費税で賄うのです」というのが財務官僚の殺し文句です。
では、財務省は国家全体の経済というものを考えているか、経済の成長こそ優先しないといけないと考えているのか。これはノーです。それから財界に「国家全体の経済を我々が担っているんだ」という使命感があるかというと、これもノーです。
経団連は「法人税率を下げないので、我々は日本国外にもっと投資します。いまの税率だと日本に投資できません」と主張していましたが、法人税率が下がって、日本経済に何かいいことをしたでしょうか……相変わらず海外重視です。
結局、政治がしっかり動かないといけないということです。ほんとうは家計にもっと政治に対する影響力がないといけないのでしょう。家計はいわば有権者の財布ですから、有権者は政治家に働きかけて家計にゆとりをもたらし、国民が未来に希望を持てるようにするべきです。