試す前から答えをくれるのは「宗教」
試す前から答えがわかっていることなど、この世にはありません。
すべての事物は、最初は未知のものです。人はそれらを試し、体験することで、既知の範囲を増やしてきました。それが人間の、そして科学の歴史です。
科学と対置される概念として、宗教があります。
宗教は、科学とは逆に、最初から答えを提示します。「世界はこういうものである」「神がこう定めた」というように、世界観が構築されているのです。
宗教に実験の余地はありません。というより、神を試すような所業は不届き千万とされるでしょう。宗教における人の選択肢は、信じるか、信じないかだけ。信じた人はそれ以降、疑うことは罪だと考えるようになります。
「偉い人」に従うことに重きを置く日本人
この姿勢は、日本人の特徴ととても似通っています。日本人は、権力を批判することをタブー視し、上司などの「偉い人」に従うことがわが身の安全につながると思っています。日本は宗教心の薄い国だとみなされがちですが、なかなかどうして「信心深い」のです。
科学者でも、実際は「偉い教授の信者」「現在の学説の信者」になっている人は珍しくありません。東大医学部には、教授の唱える学説を信じて疑わない人々が大勢いました。
医師には全般に、科学的精神、実験的精神を失った人が多いと思います。前章で触れたような、「コレステロール値は下げるべき」と決めつけるような医師たちです。彼らも、最初から答えは決まっているという信条の持ち主です。
「血圧も下げたほうがいい」「血糖値も下げたほうがいい」と彼らは誰にでも言いますが、なかには血圧が高めのほうが体調がいい患者もいるでしょう。血糖値がやや高いほうが脳がよく働くという人もいるかもしれません。その人の体に合う血圧や血糖値は、決して一律ではないのです。
また、確率論的に血圧を下げたほうがいいのか血糖値を下げたほうがいいのかという大規模な比較調査を誰もやりません。外国のデータがそのまま日本にも当てはまると信じているのです。
精神科医でも、「うつならこの薬」「統合失調症ならこの薬」と、決まりきったやり方を繰り返すだけの医師が多数います。とりわけ、師匠筋の先生の学説にのっとったやり方でないといけないと思い込んでいるような医師は最悪です。
精神科の治療では、体の治療よりもはるかに「予想外」が頻発します。だからこそ、医師はさまざまな選択肢を用意しておかなくてはなりません。薬だけでなく、対話やカウンセリングのさまざまな手法について知識を持ち、患者さんに提供しながら、ベストな方法を探っていくことが必要です。私は科学に携わる人間として、いつもそうありたいと思っています。