1―SDGsの取組みにおいて注目されるキャッシュレス化
日本においても着実にキャッシュレス化が進展している中で、SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)やESG(Environment、 Social、 Governance)の取組みにおいて、キャッシュレス化がサステナブルな社会の実現に寄与し、環境負荷を軽減するとの考え方も徐々に浸透しつつある。
たとえば、キャッシュレス化を推進する業界団体や企業のHP等を確認すると、「決済の高度化やキャッシュレス化によって産業と技術革新の基盤をつくる」、「非接触型決済の普及によって、新型コロナウイルス感染症拡大に伴って求められた社会的距離を確保してすべての人に安心や健康リスクの低減を実現する」「ATM等のインフラを維持するために使用するエネルギー消費を抑制する」などが挙げられる。
ただし、実際には、公衆衛生の観点で紙幣・硬貨がキャッシュレス決済と比較して飛沫・接触感染に対して効果的かというと、決済局面での消費者と店舗の接触可能性が小さくなることで心理的な安心感を与えるという意味では正しいと言えるが、科学的な見地からは必ずしもそうとは言えない面がある*1。環境対応という観点でみても、キャッシュレス決済も利用に際して電力消費を伴うため、全く環境負荷のない決済手段かと問われれば決してそうとは言えないはずである。「キャッシュレス化がサステナブル社会の実現に寄与する」という命題は絶対的なものというよりも、現金決済との比較でみたときの相対的な評価に基づいて判断した結果と言える。
本稿では、環境負荷に着目して、サステナブルな社会を実現していく上での現金決済とキャッシュレス決済それぞれの課題について整理してみたい。また、本稿をまとめるにあたって、Institute and Faculty of Actuaries [2018]*2を中心に海外の報告書を参考にした。
*1:新型コロナウイルス感染症の特徴として、紙・銅といった素材よりもプラスチック・ステンレスといった素材上にある方が長く感染力を維持したとする実験結果がある。詳しくは「キャッシュレス化による感染症対策について考える-公衆衛生とデータ利活用に関する問題点の整理」(ニッセイ基礎研究所、2020年5月25日)などを参照されたい。
*2:S. Rochemont, “Issue 21- Environmental Sustainability of a Cashless Society,” An Addendum to A Cashless Society- Benefits, Risks and Issues (2018 Addendum), Institute and Faculty of Actuaries, October 2018