(写真はイメージです/PIXTA)

日本において着実にキャッシュレス化が進展しているなか、SDGsやESGの取組みにおいて、キャッシュレス化がサステナブルな社会の実現に寄与するとの考え方が浸透しつつあります。ニッセイ基礎研究所 福本勇樹氏が、キャッシュレス決済に伴う環境負荷について考察していきます。

3―キャッシュレス決済に伴う環境負荷

次にキャッシュレス決済に伴う環境負荷についても同様に考察する。キャッシュレス決済には、カード決済(例:クレジットカード、デビットカード、電子マネー)やスマホ決済(例:QRコード決済*4)、暗号通貨(仮想通貨)など様々な形態があるため、どのデバイスや形態を用いるのかによって環境負荷に違いがある点に留意する必要がある。

 

*4:「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標である

 

1.カード決済に伴う環境負荷

オランダ中央銀行は現金決済とデビットカード決済の環境コストを評価し、現金の方がデビットカートに比べて環境負荷に対して1.5倍、気候変動に対して1.3倍の影響を与えると結論付けている5。環境負荷と気候変動で影響に違いがあるのは、硬貨の利用は資源の枯渇につながるが、気候変動にはつながりにくいことによる。オランダ中央銀行の分析結果に基づくと、カード決済の方が現金決済よりも相対的に環境にやさしい決済手段だと言える。

 

カード決済では物理的にプラスチックを使用するのが一般的で、スライド式であれ、差し込み式であれ、タッチ式であれ、店舗サイドには決済端末が必要になる。オランダ中央銀行の報告によると、デビットカード決済による環境負荷で大きな割合を占めているのが決済端末を使用することによるもので、全体の75%を占めている。その内訳は、決済端末の原材料(37%)とエネルギー消費(27%)、データセンターの利用(11%)となっている。カードを用いることによる環境負荷への影響は15%に留まっている。

 

またオランダ中央銀行のシナリオ分析では、決済端末とデータセンターで再生エネルギーの活用を推進し、決済端末の待機時間を短縮させ、カードの寿命を延ばすと、デビットカード決済からもたらされる環境負荷を大幅に減少(44%)できるとしている。

 

*5:DNB (De Nederlandsche Bank), “Evaluating the environmental impact of debit card payments,” Working paper No 574, October 2017

 

2.スマホ決済に伴う環境負荷

キャッシュレス決済の消費者サイドのデバイスとしてスマートフォンが拡大しつつある。スマートフォンによる環境負荷が徐々に拡大しており、あらゆるデバイスの中でもスマートフォンが最も環境に悪影響を与えているとの指摘がある。Institute and Faculty of Actuaries [2018]では、2020年にはスマートフォンのエネルギー消費量がパソコンの消費量を上回ると指摘している。

 

また、デロイトの調査では、2022年には1億4,600万トンの二酸化炭素(CO2)またはその同等物(CO2e)を排出すると予想している*6。これらの排出量のうち、新たに出荷される14億台のスマートフォンの製造、出荷、初年度使用の合計が大部分(83%)を占めている。2022年時点ですでに保有されている31億台のスマートフォンからの排出量は全体の11%で、残りの5%はスマートフォンのリサイクル等によるものとなっている。特にスマートフォンの製造工程では集積回路の製造工程で大量のエネルギーが消費され、特に半導体製造工場における温度や湿度を一定に保つために必要なエネルギー消費が30%を占める。

 

スマートフォンに起因する環境負荷を減らすには、生産工程での環境負荷が大きいことを考えると、スマートフォンの製造に必要な原材料の再利用(レアアースのリサイクルなど)、製造工程での再生エネルギーの利用を促すなどの対応策も考えられるだろう。

 

さらに、スマートフォンの寿命を延ばすことも選択肢となる。昨今は防水機能が高まるなど、物理的に頑丈になりつつあり、想定外の買い替えは減りつつある。下取り価格が安定化していることで中古市場も拡大しており、先述したデロイトの調査によると、スマートフォンの整備済製品の市場は、2024年まで年率11.2%で成長し、その時点で市場規模は650億米ドル、販売台数は3億5,200万台になると予測されている。スマートフォンのオペレーションシステム(OS)のサポート期間も長くなりつつあり、5年のサポート期間が標準的になりつつある。

 

店舗サイドにおけるスマホ決済のデバイスについてはタッチ決済なのか、QRコード決済なのかで環境に与える影響に違いがある。タッチ決済や利用者提示型のQRコード決済では店舗サイドに決済情報を読みとるための決済端末が必要になる。店舗提示型のQRコード決済では店舗側は二次元バーコードを紙などで表示すればよいだけなので、タッチ決済や利用者提示型のQRコード決済のような機器は必要にならない。このような事情から、Institute and Faculty of Actuaries [2018]では、キャッシュレス決済の中でも店舗提示型のQRコード決済が最も環境負荷の小さな決済手段だと結論付けている。

 

*6: “Making smartphones sustainable: Live long and greener,” Deloitte Insight. December 1, 2021

 

3.暗号通貨による決済に伴う環境負荷

暗号資産の活用は大きな環境負荷をもたらすことが指摘されている(国際決済銀行[2018]*7など)。暗号通貨にはマイニングと呼ばれる「採掘作業」が必要になるが、数百万台のパソコンに匹敵するような施設を備えるマイニング業者が存在している。マイニングにかかるエネルギー消費量は暗号通貨の種類によってはスイスの電力消費量に匹敵するとの指摘がある。

 

*7:Bank for International settlements, “Cryptocurrencies, Looking beyond the hype,” June 2018

 

次ページ4―まとめ

※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2022年10月14日に公開したレポートを転載したものです。

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録
会員向けセミナーの一覧