年棒制の従業員の残業代請求について
年俸制を採用してさえいれば、残業代を一切支払わなくてよいと誤解している人は少なくありません。 確かに、労働時間規制を受けない管理監督者や裁量労働制が適用されている者については、割増賃金規定の適用がないため、残業代の支払義務はありません。
しかし、上記以外の労働者については、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働した場合、残業代を支払う義務があります。判断に迷う場合には、労働問題に詳しい弁護士へご相談ください。
労働基準監督署からの指導が入った場合
仮に労働基準監督署(労基署)からの指導が入った場合、早期に労働環境を改善し、是正報告書など必要な書類を労基署に提出しなければなりません。
提出前には、証拠書類の準備など、使用者として対応に時間のかかる作業が多くありますので、すみやかに弁護士へご相談ください。労基署の指導に適切な対応をしないと、最悪の場合使用者が検察庁に送致・起訴されてしまうおそれがあるためです。
従業員に弁護士がついている場合
従業員が企業に対して未払い残業代を請求する場合、先に弁護士などへ相談や依頼をしているケースが多く見受けられます。弁護士へ依頼せず無理に自社のみで対応しようとすれば、かえって不利な状況へと追い込まれてしまうかもしれません。この場合には、企業側も早期に労働問題に強い弁護士へ依頼するのがよいでしょう。
「企業が負けた」残業代に関する過去の裁判事例
残業代に関して企業側が敗訴した事例としては、次のものなどが存在します。
事例1:日本マクドナルド名ばかり管理職事件
日本マクドナルド株式会社では、マクドナルドの店長が労働基準法上の管理監督者に当たるとして、残業代を支払ってきませんでした。 この事例では、裁判所は、マクドナルドの店長はその勤務実態から見て労働基準法上の管理監督者とは認められず、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきであると判断しました(※3)。
※3 公益社団法人全国労働基準関係団体連合会:日本マクドナルド事件
事例2: 固定残業代の支払いが認められなかった事例
ある企業は、1日の拘束時間が12時間に及ぶトラック運転手に対し、4時間(=12時間-法定労働時間8時間)分につき一律で1.5倍の割増しをして計算をした金額を固定残業代として定め、この残業代を日給に含めるという形で基本給を支給していました。
裁判所は、実際の賃金支給状況は必ずしも雇用契約上の定めに沿ったものとなっていなかったことから、労働者たるトラック運転手との間で、固定残業代についての合意が有効に存在していたとはいえないとし、会社側が時間外割増賃金等として支払ったと主張する部分は、時間外労働の対価として支払われたとは認められないと判断しています。
事例3:寝たきりになった飲食店店長へ残業代と慰謝料支払いを認めた事例
レストランの店長であった30代の原告が長時間労働を強いられた末、低酸素脳症を発症し、寝たきりの状態となりました。この事件では、慰謝料などを含めて会社側に約1億8759万円の支払いを認めたほか、店長の労働基準法上の管理監督者への該当性も否定され、残業代の支払いも命じられています。
事例4:完全歩合給でも割増賃金が必要とされた事例
完全歩合給で、歩合給の計算から割増賃金が控除されていたタクシー運転手について、法令の規定に従って計算した額の割増賃金(時間外の割増賃金と深夜労働の割増賃金)を支払う義務があるとされました。 完全歩合給であるからといって、残業代を支払わなくてよいわけではないことがわかる事例です(※4)。
※4 厚生労働省:5-2「割増賃金不払い」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性
事例5:旅行添乗員の労働時間の把握が争われた事例
先ほど解説したように、労働時間や勤務の状況の把握が困難である事業場外労働に従事する従業員については、みなし労働時間制を採用することで、実際の残業時間ではなく、あらかじめ労使間で取り決めた労働時間で残業代を計算することが可能です。
しかし、裁判所は、このみなし労働時間制が採用されていた募集型企画旅行における添乗員について、その日時や目的地等を明らかにして旅行日程が定められることによって、あらかじめ具体的に業務内容が確定されているとして、労働時間や勤務状況の把握が困難であるとは言い難いと判断しています(※5)。