物静かで質素な夫、密かに株取引で資産を積み上げる
今回の相談者は、80代の専業主婦の小川さんです。夫が亡くなり、相続手続きをするのにどうすればいいかということで、筆者の元に相談に見えました。
小川さんは20代前半で結婚して以降、ずっと専業主婦として過ごしてきました。夫との間には長男と長女の2人の子どもがいます。
「夫は平凡な会社員で、長年エンジニアとして働いていました。勤務先を60歳で定年退職したあと、関連会社や知人の会社などで契約社員や嘱託職員になり、60代後半には完全にリタイアしました。物静かな人で、お金のかかる趣味はありませんでした」
子どもたちが独立してからは、夫婦二人の静かな暮らしでしたが、小川さんの夫は数ヵ月前に突然の病に倒れ、帰らぬ人となりました。しかし、小川さんは夫の資産状況について不明点が多いといいます。
「夫が、義父から駐車場を相続したのは知っていました。〈田舎だし、ほとんど価値がない〉とブツブツ言っていたので、たいしたことはないと思うのですが、本当のところはわかりません。ほかにも、株をやっていると聞いていましたが、そちらの方もさっぱりわかりません…」
夫名義の郊外の自宅と、小川さんが把握している、年金が振り込まれる口座を含む複数の口座の預金だけなら、相続税はかからない金額です。しかし、駐車場や株の状況によっては納税が必要になるかもしれず、どう対応したらいいのかわからないということでした。
筆者と税理士が調査したところ、夫が保有する駐車場は月に4万円程度の収益で、残高を見る限り、夫がお小遣いとして大半を使ってしまっているようでした。土地評価も200万円程度でした。一方、証券会社の口座を調べたところ、こちらは株取引で数千万円の残高があることが判明しました。その結果、資産総額から、相続税の申告と納付が必要だとわかりました。
とはいえ、金融資産の比重が高いため、納税資金の調達も、長男と長女への遺産分割も容易に行うことができます。それを伝えると小川さんの第一の不安は解消したようで、筆者も税理士もほっと安堵しました。
専業主婦の口座に5千万円「夫のお金ではありません」
しかし、小川さんの表情は晴れません。
怪訝に思って理由を尋ねたところ、小川さんは申し訳なさそうな顔で、「実は、こういうものがあって…」と、自分名義の通帳を差し出しました。中を拝見すると、そこには5000万円以上の預金があるのです。
筆者と税理士は驚き、理由を聞いたところ、小川さんは30年以上前に父親から自宅そばにある貸地(底地)を相続しており、毎月10万円の地代をほとんどそのまま蓄えてきたとのことでした。地代は手渡しで受け取っており、借地権の契約等の書類も何もなく、確定申告もしていなかったそうです。
小川さんはずっと専業主婦ですから、地代収入の確定申告をしていないとすると、自分名義の預貯金が5000万円もあるのは不自然です。今回の相続税の申告時に、税務調査でこの件が発覚すれば、夫から贈与をうけていたとの疑念を持たれる可能性があります。相続税に加え、贈与税までかかっては大変です。
過去5年分の確定申告で「名義預金疑い」を回避
そのため、同席した税理士は、この機会に「いつ、誰から、いくらもらっているのか」をまとめ、年間いくらの収入と支出があるのかを整理するよう提案しました。そうすれば、「夫からの贈与による預貯金ではない」と明示できます。
税理士は重ねて、夫からの贈与や名義預金と認定されないための対策として、過去5年間分さかのぼって確定申告することを提案しました。申告期限が過ぎているため、当然ながら延滞税はかかりますが、相続税の申告と同時に5年間分さかのぼって確定申告をすることで、自身に収入があったことが明確となり、税率の高い贈与税の問題を回避できます。
相続税申告のタイミングで家族名義の財産を整理しておくことは、極めて重要です。相続人固有の財産であっても、根拠を明示できなければ、上述したとおり、税務署から名義預金の疑いをかけられ、贈与税や相続税が課税される可能性があります。しかし、過去を遡って確定申告をしておけば、自分の財産であることが主張できるのです。
小川さんは、同席した税理士のサポートで無事に確定申告を行い、名義預金の疑念を持たれるリスクを払しょくしました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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