人民元の変動相場制を回避するため、中国がやっているのは、海外に流れ出た人民元をことごとく追跡して回収するということです。だから人民元の回収できる国でないと、人民元を使わせないといいます。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

海外に流れ出た人民元を追跡、回収

■人民元回収と変動相場制

 

もしも上海、深圳、そして香港金融市場を完全に自由化すると、アメリカや日本、ヨーロッパの投資家もアラブの富豪も、株や債券、あるいは不動産を売買して、自由に儲けさせることになります。外国為替市場も大口の資本取引に対応して自由化は避けられません。

 

すると人民元は自由な変動相場制に移行し、投機勢力を呼び込み、ドルに対して乱高下するようになりかねない。何よりも、党が市場をコントロールする建国以来の経済モデルを事実上放棄することになる。だから完全自由化はないと思います。

 

何度も触れましたが、中国は、外貨は欲しいのですが、出ていくのは怖いのです。デジタル人民元の導入に関係なく中国がやっているのは、海外に流れ出た人民元をことごとく追跡して回収するということです。だから人民元の回収できる国でないと、人民元を使わせません。

 

典型例は、ミャンマーやタイなど東南アジアの国境地帯のカジノです。中国の金持ちが、東南アジアの国境地帯に突如出現したチャイナ・ギャンブル・リゾートでギャンブルを楽しみます。それで地元の雇用が多少できますが、お金はほとんど落ちません。

 

そこで使われた人民元はすべてカジノの経営者である中国系の資本が回収して、中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行、中国農業銀行、所謂四大銀行に預けて中国に送り返します。香港の場合も金融機関は、入ってきた人民元は全部本土に送り返すことになっています。

 

もしそこからまた人民元を外に流したら、恐らく中国当局によって人民元業務を禁じる罰を食らうでしょう。カジノなどはクローズになってしまう。だから、そんなバカなことはしません。

 

国境地帯では確かに日頃、事実上の国境があろうがなかろうが、中国人は入り込んで、いろいろ交易をやります。とくにモノを売買するときに人民元が通用したら便利に決まっています。

 

しかしながら、その人民元がタイの国境地帯で、あるいはバンコクにまで流れてきても、どこで使えるんだということになります。その人民元が巨額の資本となって、タイのバーツとの為替市場が成立するかというと、そんなことはありません。

 

もし人民元がタイ国内に流れても、例えばバンコクに支店を構える中国銀行や中国工商銀行が、「人民元があればすべて私どもにお任せください」とバーツに替えてくれ、人民元は中国系銀行が本国に送り返す。こうして外に出た人民元が大陸チャイナの金融システムのなかで循環すれば、中国にとって何の問題もありません。

 

中国と同じくアメリカと敵対するイランやロシアは、人民元建ての貿易決済を増やす意向を表明します。しかし、石油などのエネルギー代金を人民元建てで対中輸出しても、その人民元が使えるのは中国からの輸入品に限られます。ドルに替えようと思えば、中国の金融機関に頼み込むしかない。人民元は使い勝手がとにかく悪いのです。

 

キャッシュ取引であれば小口しかありませんが、もしも人民元の資産が取引されると中国にはやっかいです。例えば中国の国債、不動産、あるいはそれを証券化したようなロットが大きい資産です。このような資本取引に相当する規模の人民元資産が海外で取引されるようになると、これは完全に人民元のレートが動いてしまいます。

 

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本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

田村 秀男

ワニブックスPLUS新書

給料が増えないのも、「安いニッポン」に成り下がったのも、すべて経済成長を軽視したことが原因です。 物価が上がらない、そして給料も上がらないことにすっかり慣れきってしまった日本人。ところが、世界中の指導者が第一の…

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