社会党元委員長の葬儀のエピソード
■縁は自分のためのものではない
こうした角栄の気質をたどっていくと、最後は小学校期に突き当たる。角栄は終生、自分が卒業した二田高等小学校の草間道之輔校長を「人生の師」と仰ぎ続けた。その草間校長は角栄に3つの校訓を教えている。
「至誠の人、真の勇者」(誠実である人こそが、本当に勇気のある人である)
「自彊不息」(自分から進んで努力し、怠らない)
「去華就実」(飾り立てず実直であることこそ大切である)
「まさに田中さんの人柄そのもの」と小長は言う。確かにそうかもしれない。しかも律義だった。その人が亡くなった後もだ。角栄はその人が亡くなった後も縁を大切にした。
小長が角栄の通産大臣秘書官だったときのことだ。ある朝、その日1日のスケジュールを説明した小長に、角栄がこう尋ねてきた。
「おい、小長君、今日は誰かの葬式がなかったかね」
驚いたという。確かにその日、葬式があった。しかし、この日は産業構造審議会という重要な会議の日にあたっていため、葬式には出ずに会議に出席してもらうスケジュールを組んでいたのだった。小長がそう説明すると、角栄は静かにこう言ったという。
「これが結婚式なら君の判断は正しい。日を改めて祝意を伝えればいい。だが葬式は別だ。二度目はない」
こうした気配りが政敵に対してもできるのが角栄だ。社会党の河上丈太郎元委員長が亡くなったときにこんなエピソードがある。
葬儀の日は雨。故人の自宅前は細い路地で、そこに多くの人がお悔やみにやってきた。雨が降っているため参列者は当然、傘をさす。そうすると狭い路地が傘でいっぱいになり、車が通行できなくなってしまった。角栄は傘をささなかった。雨に濡れながら2時間以上、立ち続けた。
その様子を見て、他の参列者も傘をたたみ、細い路地を車が通行できるようになったという。故人の葬儀に傷をつけない。しかも誠心誠意、見送る。それが角栄だった。
縁は自分のためだけに使うのではない。必要なら他人もその縁につないでやる。それもまた角栄だった。
田原 総一朗
ジャーナリスト
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