(※写真はイメージです/PIXTA)

池田勇人内閣で蔵相に就任した際の田中角栄の「私は高等小学校卒。諸君は全国から集まった秀才」の演説は官僚の心を掴んだ伝説のスピーチです。その真剣さと真摯さで相手を動かしたいわれています。ジャーナリストの田原総一朗氏が著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)で解説します。

「大臣室の扉はいつでも開けておく」

■エリート官僚の心をつかんだ誠実さ

 

では、官僚が仕事をするということはどういうことか。端的に言えば、法律をつくることだ。官僚は法律をつくることで国を立てる。だから角栄も通産大臣時代、官僚に対して「通す」といった法案は必ず通した。自民党の中枢にいながら野党の大物議員と太いパイプを持ったのもそのためだ。官僚に負けない努力、勉強、そして官僚の思いに応えることで縁をつないだ。

 

官僚の操縦術については、堀田力が『田中角栄という生き方』(別冊宝島編集部編)で、意外な証言をしている。堀田は、ロッキード事件のとき、東京地検特捜部検事として角栄と対峙し、ギリギリまで追い詰めた人物だが、角栄については人間として「大変魅力的な人物だったことは間違いない」と言うのだ。

 

その魅力とは一言で言えば、「力の魅力」であり、「みんなが好きになった。相手を虜にしたうえで、引っ張っていく。そいう魅力が田中角栄という人にはあった」という。

 

そして学歴のなかった角栄にどうしてエリート官僚たちが引きつけられていったかについて、堀田はこう分析している。

 

「官僚は、基本のところで『日本をよくしたい、いい社会にしたい』という気持ちを心のどこかに持っている。田中さんはまさにそれを第一に考えていた政治家だった。それは特に優秀な官僚にとっては強烈な魅力になる」

 

「金権政治と批判されたが、田中さんが国民の安全と幸せを第一に考えていたことは確かだ。だからこそ官僚は田中さんを信頼した」

 

角栄は政治家として、官僚たちは行政官として「立国」を考え続けた。それが角栄と官僚たちをつなぎ合わせた。

 

そして、決定的なのは人柄だ。実際に最も近いところで角栄に使えた官僚である小長は言う。

 

「田中さんが縁を育てるうえで本当に大切にしたのは、誠実さだった」

 

実に当たり前で簡単なこと、しかし、一番難しいことでもある。

 

「田中さんは学閥も閨閥もない。だから田中さんは誠心誠意、人とつきあう。そこが素晴らしい人だった。今は情報技術(IT)全盛期、オフィスで隣の人とコミュニケーションをとる場合もメールを使う時代。もちろんITを活用することはいいのだが、『ここぞ』というときは、バッと裃を脱いで裸になって相手と向き合う、その真剣さと真摯さで相手を動かした」

 

池田勇人内閣で蔵相に就任した際の「私は高等小学校卒。諸君は全国から集まった秀才」の演説はまさにその典型例だった。胸襟を開いて「大臣室の扉はいつでも開けておくから我と思わんものは誰でも訪ねてきてくれ。上司の許可はいらん」と言われれば、心が動かない人はいない。

 

ここになんの駆け引きもない。あるのは誠実に人としてつきあおうという思いだけだった。この誠実さこそ縁づくり天才の原点なのだ。

 

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本連載は田原総一朗氏、前野雅弥氏の著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

田中角栄がいま、首相だったら

田中角栄がいま、首相だったら

田原 総一朗 前野 雅弥

プレジデント社

2022年は、田中角栄内閣が発足してからちょうど50年にあたる。田中角栄といえば、「ロッキード事件」「闇将軍」といった金権政治家のイメージが強いが、その一方、議員立法で33もの法案を成立させたり、「日本列島改造論」に代…

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