(※写真はイメージです/PIXTA)

父を亡くして落ち込む母との同居を申し出てくれたのは、5人きょうだいの長女夫婦。数年後に母が亡くなると、相続人たちのもとに突然、信託銀行から書類が届きます。中身は遺産分割についての通知でしたが、あまりに不公平過ぎる内容で…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

父を亡くして落ち込む母…「だれかが同居しなければ」

今回の相談者は、60代会社員の山下さんです。数ヵ月前に亡くなった母親の相続の件で揉めているため相談に乗ってほしいと、筆者のもとを訪れました。

 

山下さんは5人きょうだいの長男で、長女・山下さん・二男・二女・三女という構成です。きょうだいは全員結婚して家を離れており、5人の子育てを終えた両親は、三女が家を出て以降、郊外の広い住宅でのんびり2人暮らしをしていました。

 

しかし、数年前に父親が逝去。父親の遺産は、とりあえず母親がすべてを相続することで合意しました。相続はスムーズに完了しましたが、父を亡くして落ち込んでいる母をひとりにしておけないという、別の問題が持ち上がりました。きょうだい全員で話し合いを持ちましたが、それぞれ仕事や子育ての都合があり、解決策が見つかりませんでした。

 

ところが、話し合いから数週間後、長女である姉の夫から、山下さんのところに連絡がありました。

 

「母のことで困っていたところに、姉の夫から連絡がありまして。〈早期退職して脱サラすることになりました〉〈時間に融通が利くようになったので、私たち夫婦がお義母さんと同居して面倒を見るから大丈夫です〉というんです」

 

「当時は私も50代で仕事が多忙でしたし、ほかのきょうだいも、受験生を抱えたり、仕事のトラブルがあったりと、大変な時期だったんです。姉夫婦には子どもがいないこともあって、だったらお願いしようと、ありがたく母と同居してもらいました」

 

姉は子どもの時からおっとりとした性格で、あまり自己主張するタイプではありません。姉の夫が前面に出てくるのが気になりましたが、引き受けてくれるなら頼んでしまおうということで、同居をお願いする形で収まりました。

葬儀直後、信託銀行から届いた「ある通知」

トラブルもなく、長女夫婦と実家で同居生活を送っていた山下さんの母親ですが、昨年の春先から体調を崩しがちとなり、その後、数ヵ月の入院を経て亡くなりました。

 

葬儀から数日後、山下さんが相続についてきょうだいに声がけする前に、ある信託銀行から通知が届きました。母親は遺言信託をしており、公正証書遺言が残されていたのでした。また、その後の相続手続きは、信託銀行によって行われることも判明しました。

 

山下さんをはじめ、ほかのきょうだいたちにとっては、まさに寝耳に水でした。

「長女が多く相続するのは構わない、しかし…」

「母が遺した公正証書遺言によると、自宅不動産は同居する長女、一部の土地は長男である私に、もう1ヵ所の土地は私を除く4人の共有に、預金の3分の2は長女に、3分の1は長女の夫に遺贈する、という内容でした」

 

山下さんは不満げに言葉を続けました。

 

「しかし、付言事項には〈墓守や法要は長男がやるように〉と記載されていたんです」

 

山下さんは、もう少しどうにかならないものかと姉に調整を持ちかけましたが、そこに割って入ったのが、姉の夫でした。「全部、お義母さんの意思なんで」「遺言書の内容を実行するのは当然なんで」と言い残すと、姉を促し、その場を去っていきました。

 

「窓口の信託銀行に調整を掛けあってみましたが、〈故人の意思のとおりで自分たちには責任ありません〉と突き放され、間に入ろうともしてくれません。どうしたらいいのか…」

 

山下さんが言うには、母親は認知症もなく、入院するまで自分のことはすべて自分で行い、介護は必要なかったといいます。また、脱サラするといっていた義兄ですが、はたから見る限り、まともに仕事をしているようには見えませんでした。

 

「姉夫婦が同居してくれたのですから、姉夫婦がたくさん相続することにだれも文句はありません。しかし、相談もなく勝手に全部決めて事後報告というのは、気分も悪いですし、納得できませんね。それが母の意思なら仕方ありませんが、義兄のふるまいから、どうも義兄が主導したのではないかと訝っています」

 

山下さんが持参した書類や資料を筆者と税理士が確認したところ、遺留分に抵触しないよう細部まで計算が行き届いており、ひと目でプロの仕事だとわかるものでした。

 

税理士は「預金部分だけでも遺産分割協議をし直してくれるよう、お姉さんに持ちかけてみては…」とアドバイスしていましたが、逆にいうなら、その程度しか選択肢は探せそうにありません。

 

母親の葬儀を取り仕切った山下さんは、法要の費用ももらえず、たいして価値のない土地を受け取っただけで終わり、ほかのきょうだいに至っては、姉と共有状態の土地を相続しただけです。

 

信託銀行は、遺産分割の揉め事の調整までは引き受けてくれません。また、相続にあたっては、立場上、同居の家族が有利になりやすくなります。

 

心配ごとへの対処を引き受けてもらい、安堵したこともあると思いますが、やはり、事前に情報を共有しておき、相続発生後は腹を割って遺産分割の話し合いができる体制を作っておくことが大切なのです。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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